私の介護人生は一旦終了、母は新しい人生のスタート!
いきなり始まった私の介護に関わる人生(20)
アルツハイマー認知症と診断された母
父が「お母さんが最近おかしい」と訴えてきても真剣に受け止めなかった私。でも、実際母のおかしい言動を目の当りにし、初めて認知症という病気を身をもって知りました。そこから両親の生活はどんどん変わっていきます。今回はそのお話です。
両親の生活
INDEX
母の異常行動
「母は認知症だ」そう確信してから父の不安は増すばかり。そして私はどうすれば良いのか、何をすれば良いのかわからない状態。
そんな日々の中、父からの電話が多く入るようになりました。
「通帳が見当たらない」「お財布がない」「印鑑がない」などなど。そのたびに実家へ行き解決するようになりました。通帳を見つけ出したとき、父から「もうお母さんに預けることは危険だからお前が持っていてくれ」と言われ、それ以来私が管理することに。
このことは私と父だけの話し合いだったはずが「お父さんとさとみが全部お金を握っているからお金がないの、あなた貸してくれる?」と母が電話をしてきたと、伯母から連絡が入りました。
驚いた私は「いい加減なこと言わないで!! お母さんが隠して大変なことになったんでしょ!」と怒りを母にぶつけます。
でも母が言った言葉は「え? 私がそんな電話したの?」
母を病院に連れて行く
このままでは良くない、調べてもらおう! 病院に連れて行こう!
しかしなんと言って母を病院に連れていくか……。母は疾患といえば若干血圧が高いくらいで、健康体そのもの。足腰も丈夫なので嘘がつけません。
正直に「最近、物忘れがひどいから調べてもらおう! 単なる老人ボケで済むなら安心だし」と母に告げると、予想通りの返答。
「なんで? 私は何でもないわよ。病院なんか行かなくても大丈夫、行かない行かない!」
父の「とにかく行ってこい!」の神の一声で連れ出しに成功。病院に行って詳しい検査をしてもらうことができました。
アルツハイマー認知症の現実
精密な検査も含め出された結果は「アルツハイマー認知症の初期」。
予想も覚悟もありましたが、実際ハッキリと診断されると、大変ショックなものでした。その時に言われた主治医の言葉に、さらに衝撃を受けました。
「あと2~3年もすると、孫の名前がわからなくなるかもしれない」
アルツハイマー認知症って、そんなにむごい病気なの? あんなにかわいがっている孫たちのことを、そんなに簡単に忘れてしまうものなの? 言葉を失っている私に対し、主治医は
「介護離職はしないこと」「介護する側が倒れてしまったらそこでおしまい。そうならないように上手にサービスを使いなさい」「最終的には入所することを考え、早いうちから施設を見学しておきなさい」「アルツハイマーは治らない進行する病気」「徘徊は治らない」
という言葉を言ってくれました。よく耳にはしていたアルツハイマー認知症。その日から、その病魔との闘いが始まります。
■もっと知りたい■
あさくら さとみ
生前の父の介護を3年前に携わり、母のアルツハイマー認知症の介護に7年。介護のことを何も知らない状態から始まりました。2年前には兄が急死し不安な状況での介護。介護する側の気持ちや、認知症というものの現実などお話しできたらと思います。
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