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2018年11月28日
自らの幸せを目指したことを、私は後悔していません
うつ病、統合失調症、不安障害など、生涯を通じて5人に1人が心の病気にかかると言われています。統合失調症の母を持ち、自らもうつや摂食障害に苦しんだ児童精神科医の夏苅郁子さん(62歳)※に、心の病を抱える家族を持つことについて伺いました。
患者数の多さから、平成25年には五大疾病のひとつとなった精神疾患。発達障害や統合失調症、気分障害、不安障害、認知症などを総称する心の病です。
「そもそも精神疾患は原因が特定できていません。なので、病院に行けば必ず解決するわけではありません。うつ病も抗うつ薬が出ますが、それは過去の症例からこの薬が効くようだという仮説に基づいているだけなのです」と児童精神科医の夏苅郁子さん。それぞれ症状が似ていることや、明確な原因が特定できないため誤診が起こりやすく、病気への理解のなさから生まれる世間の偏見が今も根強く残っているといいます。
また法律上でも、精神医療は他の医療とは異なる扱いでした。平成25年に改正されるまで、保護者が治療を受けさせる義務等を負う「保護者制度」があったのです。「精神疾患は人間関係に深く関わる病気です。人間関係で一番濃いのは家族であり、患者との関係性に葛藤を抱えるケースが多いです。さらに法律でも、家族は過剰な責任を課されてきたといえます」
「心の病は明日家族がなるかもしれないし、明日はあなたかもしれない。あなたの人生のどこかで出合う病気です」
夏苅さん自身も統合失調症の母がおり、その存在を長年受け入れられず葛藤を抱えてきました。夏苅さんが10歳の頃、母は統合失調症を発症。
「どんな洋服も作れて裁縫が得意、魔法のように料理を作る、家事上手で美人だった母は全く別人になりました。父は愛人をつくりほぼ家に帰らず家にお金を入れない人だったので、そのストレスから不眠症になり発症したようです」
ネズミが走るほど汚れている部屋で夜は眠らず、台所の一角に座ってタバコを吸い一日中独り言を言う母親。唯一毎日夕食だけは作ってくれたそう。
「父は母の病名を教えてくれず、子どもながらに人に言えない病気だということだけ理解していました。今でこそ恨むべきは病気だと分かりますが、当時は変化を理解できず母をひどく自己中心的な人だと思っていましたね」
夏苅さんが17歳のときに母親が2度目の入院をしたことをきっかけに、両親は離婚。北海道の実家に帰った母親とは10年以上絶縁状態に。「手に職をつけて自立したい」と夏苅さんは医学部に入学。しかし、在学中に自身も摂食障害と重度のうつから2度の自殺未遂を起こし、7年間精神科にかかり、過剰な投薬と副作用に苦しみます。
「医学生ですから、母が統合失調症で、遺伝の可能性があることはわかっていたんです。だから母の存在を知られるわけにはいかないし、否定する気持ちは募る一方でした」
夏苅さんは精神科医になった後も、母親が統合失調症であることを明かしませんでした。現在のように、母親のことを人前で語るようになったのは、母の死後2年経った50代の後半のことです。きっかけは、漫画『わが家の母はビョーキです』の作者中村ユキさんとの出会いでした。
「精神療法の原点といいますか、同じ境遇の人と語り合うことで母を受け入れられました。『病気を受け入れましょう』と、患者さんと家族には診察で言いながらも何よりもこの病気の怖さや、偏見を恐れていたのは私自身だったんです」
現在、夏苅さんは家族、患者、医師としての立場から患者と医師が対等になる医療現場の改善を目指しています。公表したことをきっかけに夏苅さんの元には毎日のように、精神疾患の家族がいる人から手紙が届いています。中には、「親が精神疾患だから一生面倒を見て、子どもとしての義務を果たさなければならないのか」と訴える手紙も多いそう。
夏苅さんは32歳のとき、「お母さんと会わないと、自分が幸せになろうと思えなくなるよ」と友人に助言され、北海道でひとり暮らしをしていた母親と再会しました。「結婚しないで一緒に住め」と言われたこともありましたが、同居はせず連絡を取り合う関係性を続けました。
「親を見捨てることも手だと思うんです。病気にもよるので難しいのですが、親には障害年金と介護ヘルパーを利用してもらうなど公共機関を頼り、自分の人生を優先してもいいと言っています。私も母にはそうしました」
晩年母は、俳句に没頭し句集を出版。作家になる夢をかなえました。「その人が自分の生に何らかの意味を見つけられたのであれば、家族も救われるんです」
夏苅さんは「家族は『支援者としての人生』だけを生きてはいけない」と訴えます。
「やはり、自分の幸せがあっての親子関係です。人は案外、現在が幸せなら、過去は許せるものなんです。私自身母から逃げた身ですが、その選択をしたことで結婚し子どもを産み、夫とともに診療所を開業する人生を得られました。だから、母も母の人生を歩めたのでは、と思います。心の病は長い付き合いになりますが、人が回復するのに締め切りはありません」
自閉症、アスペルガー症候群、発達障害も含め、精神疾患で通院・入院する患者数。近年、うつ病などの気分障害やアルツハイマー病などを中心に精神疾患の患者数は増加、320万人いるとされています。
統合失調症って?
「精神分裂病」と呼ばれていた100人に1人が発症する病。考えがまとまらなくなる、幻覚、行動障害、意欲・関心の低下、被害妄想などが主な症状であり、それが病の症状だと本人が認識することは難しいとされています。薬物療法のほか作業療法、レクリエーション療法を行います。「統合失調症の素因は遺伝子、母体環境、生後の環境というのが現在の仮説です」と夏苅さん。
自分に合った主治医と出合うには?
「聞きたい質問に医師が答えてくれることが一番大切なポイントです」。患者と医師が対等な関係を築ける医療現場を目指す夏苅さんは、全国の患者・家族を対象に現在の主治医を評価するアンケート調査を実施し、7226人から回答を得ました。主治医を信頼する声が意外に多かったと夏苅さん。しかし半数以上の人が「担当医を4人以上変えた」と回答しました。
2018年10月、これらの「当事者・家族の本音」の詰まった調査結果を論文として発表しました。今後は、論文の内容を分かりやすく解説した冊子を作成し、全国の当事者・ご家族・病院・診療所へ広く届け、精神科医療はどうあるべきかを考えるきっかけとしたいと考えているそう。3万部作成予定。全国へ届けるための資金をクラウドファンディングを通して集めています。2018年12月14日まで。詳しくはこちらまで。
診療を充実させる 質問促進パンフレット
夏苅さんが制作に関わった、精神科外来で主に統合失調症を持つ患者自身が治療方針を決める上で道標となる質問の一覧です。インターネットで、ダウンロードもできます。
なつかり・いくこ
1954(昭和29)年北海道生まれ。勤務医を経て、2000年、静岡県焼津市で夫と「やきつべの径(みち)診療所」を開業。著書に『心病む母が遺してくれたもの: 精神科医の回復への道のり』(日本評論社刊)『人は、人を浴びて人になる―心の病にかかった精神科医の人生をつないでくれた12の出会い』(ライフサイエンス出版)。
取材・文=竹上久恵(ハルメク編集部)、撮影=篠塚ようこ
※この記事は、2017年3月号「ハルメク」に掲載した記事を再編集しています。