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- ニューヨーク滞在記(6)『流産と健康保険』
夫の仕事に伴いニューヨークで海外生活がスタート。さまざまな国籍の人たちとの交流やボランティア活動への参加、その活動を通じて感じた人種差別など異文化体験を回顧します。今回はアメリカで経験した妊娠のお話です。
嬉しかったけれど不安だった妊娠
妊娠が分かったのは渡米して半年くらいたった秋の初めだったと思う。
ニューヨークの緯度は青森県弘前市と同じくらいで、秋の初めといってもずいぶん寒かった。
実は私は日本で二度、妊娠初期に流産していて、妊娠が分かったときはもちろん嬉しかったけれど、医療の様子がまったく分からず、心のなかは不安で不安でたまらなかった。
私の不安を夫はきっと痛いほど理解していたのだろう、とにかく妊娠を確定させなければと、夫は大学病院の産科の予約を取ってきてくれた。予約診までの数日間、私は和英、英和、英英の辞書を引きまくり、妊娠(pregnancy)、最終月経(last menstrual period)、出産予定日(expected date of birth)、そして流産(miscarriage)などの単語を覚え、短い模擬応答文も作って、少しでも落ち着くようにがんばった。
当日、ドキドキしながら産科に行くと、担当が女医さんだったので少し落ち着いた私は、予習の効果か問診の内容もよくわかったし、自分が二度流産していることもきちんと伝えられたと思う。
日本でも見かける椅子型の内診台で内診も済ませ、「Next May come,baby will be in your arms」と言われて帰ってきた。
日本と大きく異なること
その夜、帰宅した夫に「予定日は5月だって」と告げると「病院に行く妻に付き添わないなんて、日本の男は冷たいのか? 愛してないのか?」と、特に女性スタッフから非難ごうごうだったと聞いた。
外国人プロサッカー選手や野球選手が長い産休を取るのが珍しくない昨今、日本男子の意識は40年前と少しは変わっているのだろうか。
10週目にしては悪阻(つわり)があまりないなあ、と思っていたら案の定だった。ある夜急に下腹痛が走り、収まらないので、夫はアレックスを頼って、私をERに担ぎ込んだ。処置室に入ってきたドクターはアジア人の男が2人もいるものだから驚いて「Which is your husband!?」と聞いてきた。夫を指さして「He is!」と答えるとアレックスは外へ出された。そうするうちに痛みはどんどん下へ向かっていって「あっ」と思った時には何か塊が出ていってしまった。
「あ~流産したんだ」と思った時、私の右の枕元(そこに夫が立っていた)に、小ぶりのビーカーに入った暗紅色のものがそっと置かれた。ドクターが「With regret, she has miscarriaged」と夫に言っているのが聞こえた。ビーカーに入っていたのは私たちの胎児だった。
日本で流産したときとはいろんなことがあまりにも異なっていて涙も出なかったが、しばらくして、夫婦で血液検査に呼び出された。ずいぶん経ってから「検査結果」が送られてきた。曰く「流産の原因として、血液型不適合と染色体異常が起きやすい組み合わせかどうか検査したが、異常は認められず、原因不明と結論づける」という一筆と共に、5,000ドルの請求書が同封されていた。
こちらが検査依頼したわけでもないのに!
オバマ・ケア
5,000ドルは、当時の夫の給与が2週で1,100ドル。1か月にすると2,200ドル(当時の為替レートでは45万円ほどになるが、生活している実感としては25万円ちょっと)だったから、給与2か月分以上ということになる。
夫は大学職員用のHealth Insurance(健康保険) には入っていたようだが、おいそれと支払える額ではない。どうしようもなくて夫はどうやらボスに泣きついたらしい。ボスが病院側とかけ合ってくれて、5,000ドルの請求書はなし、ということになった。
日本のような国民皆健康保険制度というものはアメリカにはなくて、お金持ちでなければ良質の医療が受けられない。完璧な医療格差があるアメリカでは、低所得者層に補助を行い健康保険加入率を上げたオバマ・ケアは画期的な政策だったと思う。ニューヨーク滞在中は低所得者層だった私としては、トランプ大統領になってオバマ・ケアがほとんど骨抜きにされてしまったことは、残念で仕方がない。
次回は、『チャイナタウンと韓国と台湾①』をお送りします。
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