母親業卒業!家族のために走り続け、58歳で手放して気づいた大切なこと
58歳で母親業と家を手放し、人生初のひとり暮らしへ。「手放す」ことで見えてきた、私が本当に大切にしたいことについてお話しします。
家族のために走り続けた日々
私は、家で過ごすことが大好きです。
好きな器や植物に囲まれ、物語に出てきそうな古民家で、人生初のひとり暮らしを謳歌しています。
でも、以前はまったく違いました。
3人の娘を育てながら美容サロンを経営し、朝から晩まで仕事と家事に追われる毎日。
再婚した夫との死別後は高齢の母を引き取り、その後は娘夫婦や孫とも暮らしました。

いつも誰かのために走り続け、口癖は「時間がない」。
餃子を焦がして腹を立て、フライパンごと捨てたこともあります。
家族に怒っているようで、本当は余裕のない自分自身に怒っていたのかもしれません。
58歳で母親業と家を手放した
そんな生活の中で、ある日、家族に宣言しました。
「ママは母親業を卒業します。はい、みんな解散!」
鎌倉の家を売り、58歳で三浦へ移住。
人生初のひとり暮らしを始めたのです。
けれど、すぐに幸せになれたわけではありません。
最初の1年は寂しくて、退屈で、「鎌倉に帰りたい」と思っていました。
それでも少しずつ、好きな家具や器、植物が集まり、自分のために時間を使えるようになりました。

毎月の料理教室や地元の仲間との交流も楽しめるようになり、三浦での暮らしが彩り豊かなものになったのです。
そうして、がんばる日と休む日のバランスが生まれ、心から「幸せだな」と思える日が増えていきました。
手放して、大切なものを選び直す
私の家には、複数のペットやたくさんの植物、数え切れないほどの器があります。
ミニマリストの方が見たら、卒倒するかもしれません(笑)。
私にとって「手放す」とは、何もかも捨てることではありません。
家族との暮らしを手放した後、「鎌倉に帰りたい」と思いながら過ごした日々も、自分の寂しさや本音と向き合うための大切な時間でした。

避けてきたことに向き合い、自分にとって本当に大切なものを選ぶ。そして、役目を終えたものには「ありがとう」と伝えて手放す。
この経験をしたからこそ、今の豊かさを感じられるようになったのだと思います。
今では、今日も生きていること、庭に花が咲いたこと、おいしいご飯を食べられること。
そんな日常の一つひとつに感謝できるようになりました。
手放して心に余白が生まれなければ、目の前にある小さな幸せにも気付けなかったかもしれません。
母親業と家を手放しても、家族への愛までなくなったわけではありません。
むしろ、自分が家族をどれほど大切に思っていたのか、そして自分はどんな暮らしを望んでいたのかが、初めて見えるようになりました。
だから「手放す」は、今の私を作っている大切なキーワードであり、同世代のみなさんへ伝えたいメッセージでもあります。
何かを手放すのが怖いときは、失うものだけではなく、その先で何を大切にしたいのか、どんな自分でいたいのかを考えてみてください。
手放した先の自分を想像して少しでもワクワクできたなら、それは次の人生へ進む準備ができた合図なのかもしれません。
文・岡田サリー
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