フランスのデモはなぜ起きているのか

2019年01月17日

このニュース、私たちはどう考える?何ができる?

なぜフランスで、庶民たちのデモ運動が起きているのか

フランスで続く「黄色いベスト運動」と呼ばれるデモ行動。テレビではデモ参加者が警察と衝突する様子が印象的に報じられる一方、詳細な報道から浮かび上がるのは、雇用不安や将来への希望が見えないことへの怒りです。生活者目線で、デモの本質を考えます。

SNSから始まった増税反対の声

「黄色いベスト(ジレジョーヌ)」運動は、マクロン政権が、ガソリンやディーゼル油の燃料税増税を打ち出したことをきっかけに始まりました。SNSを介して増税に反対する人々が集まり2018年11月17日、全仏で最初のデモが行われました。以来パリ市内にも広がり、今も毎週土曜日に全仏で開催されています。過激化した12月8日の路上のデモ参加者は12万5000人にものぼり、1200人以上が警察に拘束されました。ル・メール財務相は、社会と民主主義の双方に「危険」だと伝えました。
(2018年12月10日BBC「フランスで黄色いベスト抗議行動、4週連続『経済的大惨事』と仏財相」より)


政府側は、どう対応しているのでしょうか。

日増しに激化するデモを鎮圧させようと政府は警察を投入しましたが、デモの支持者は納得しないようで平行線が続きます。フランスの調査会社Ifopの世論調査(対象者1957人)では、デモがスタートした11月のマクロン大統領の支持率は、25%にまで低下しました。マクロン大統領は、最低賃金の引き上げや、残業代への非課税政策などを発表し、働く人々の味方であることを打ち出しましたが、参加者たちの不満はおさまらないようです。 

フランス郊外

フランスといえばパリを思い浮かべる方も多いかもしれません。しかし「フランスはヨーロッパのパン籠」という言葉もあるように、EUの中の最大の農業国であり、多くの人々が地方に暮らします。地方では鉄道やバスが少なく、車を使わざるを得ないことから、ガソリン税やディーゼルの燃料の値上げは、暮らしに打撃を与えます。フランス石油産業連盟(UFIP)によれば、ディーゼル燃料の1リットルあたりの平均価格は1.23ユーロ(約160円)から1.48ユーロ(約191円)にあがったとCNNは報じています。
(2018年11月19日 CNN「上昇するフランスの燃料価格に対する抗議行動で1人死亡、数十人が負傷

マクロン政権が、燃料税を引き上げようとした背景には、ディーゼル車から低公害車への切り替えという目的がありました。低公害車はCO2を削減し地球温暖化防止にも良いものですが、いくら環境のためといえども庶民の多くはディーゼル車に乗っており、結果的に庶民に負担を強いてしまいます。また結局はその利益が自動車業界に配分されることから、「マクロン大統領は企業や金持ちを優遇している」「庶民の苦しみが分からない」などの不満が噴出したという格好です。

ちなみに黄色いベストはフランスではジレジョーヌ(gilet jaune)と呼ばれているもので、フランスでは、このベストがすべての車に常備されています。事故が起きた際には、ドライバーがこのベストを着て道路に出れば、目立つので二重事故を避けることができます。このベストが持つ「人々の命を守る」という意味が、運動の象徴となって広がっていったとされています。

パリ郊外のデモ
2019年1月5日(土)15時頃、パリから電車で1時間ほどのクロミエ駅付近で撮影。​​​​(渡航者提供)

マクロン大統領は、庶民の声に耳を傾けないエリート層

デモ参加者は、ガソリン税やディーゼルの燃料の値上げに反対している人たちばかりではありません。生活費が高騰したり、給与が上がらなかったり、失業で暮らしが苦しい普通の庶民たちの声も目立っています。

英国ガーディアン紙はデモ参加者たちを取材し、5人の声を集めたレポートを発表しています。レポートを読むと、庶民が日々の暮らし、年金などが国民に公平に富が再分配されないなどの観点から、デモに参加していることが分かります。マクロン大統領の政策が金持ち優遇であり、生活苦を抱える庶民の声に耳を傾けておらず、エリート的であるということに抗議をしています。
(2018年11月24日 英国ガーディアン「パリの抗議:人々は赤字だ。彼らは食べる余裕がない」より)

過激な行為は一部であって、デモ参加者のすべてが、暴力的な行為をしているわけではありません。パリ以外の多くの地方都市では、交差点付近で座り込みをして政府に抗議をする人々の姿がみられています。NYタイムズによれば、この運動は、特定の政党の呼びかけでなどによる組織的な運動ではないことが特徴だそうです。右派も左派も関係なく、職業も年齢も様々な人々が、インターネットやSNSを通じて、暮らしの苦しさを強調しているデモだといえそうです。
(2018年11月24日 NYタイムズ「パリの催涙ガスと放水砲による草の根プロジェクトがマクロンを狙い撃ちに」)

社会学者の森千香子さんによれば、黄色いベスト運動の参加者には、いわゆる「暴動」では見かけない年金生活者や女性の姿も目立つとのことです。そのうえで森さんは、フランスの社会学者、ピエール・ブルデューが25年前に編著『世界の悲惨』で描いた「内側で排除された人たち」と「黄色いベスト運動の参加者」に重なる点が多いという見方を示します。

「内側で排除された人たち」とは、具体的に、福祉の対象者ほど困窮してはいないものの、現状維持が精いっぱいで、自分の運命を自分でつかめない閉塞(へいそく)感を抱える人たちのことを指します。それはいわゆる「ふつうの一般庶民」のことでもあります。
(2018年12月20日朝日新聞 森千香子「生活苦と閉塞感、黄色の怒り」より)
 

フランスで、デモは政治に声を届ける行為

フランスでデモが起きる理由

日本では、デモというと「変わった人たちが行う過激な行為」とみられがちですが、フランスでは、人々の声を政治に届ける行為を意味しています。「アンガージュマン」と呼ばれる言葉がフランスではよく使われます。サルトルなどが提唱した社会参加・政治参加のことで、現実に対する異議申し立てのような意味があります。デモも、現実への異議を政治に届ける手段の一つとして捉えられています。

フランスの人々のアンガージュマンは2017年、マクロン大統領の誕生に繋がりました。共和党と社会党というこれまで政治を担ってきた二大政党が破れ、従来の政治に異議を申し立てたフランス国民が、アンガージュマンの選択として、マクロン大統領を選んだのです。

当時39歳という史上最年少の大統領となったマクロン氏が訴えたのは「前進!」(En Marche!)というスローガン。既存のしがらみの政治から脱却を唱えたマクロン大統領が、政治に無縁であった女性らからも期待を集めたことは記憶に新しいことでしょう。理想に燃えるマクロン大統領は、その著書『革命』の中でも、従来の右派や左派というイデオロギーを介した既存政治を破り、新しいフランスが目指す姿として、庶民の力になっていく決意を、次のように力強く述べています。

〈イデオロギーへの固執ほど、私が思い描いている政治に反するものはない。フランス国民は、政府の責任ある立場の人たちが抽象的な政治討論をすることなど望んではいない。ものごとの方向性を与え、具体的で効果的な解決策を実施することを期待しているのだ〉
(エマニュアル・マクロン『革命』(2018年、59ページ、ポプラ社刊)より)

しかし皮肉なことに、当選後のマクロン政治を見ると、理想を現実のものに転嫁し人々の雇用不安を改善することはできていません。17年には労働法を改正し、企業が労働者を解雇しやすくする手法を導入することで、企業の雇用拡大を図る方向に舵を切りましたが、フランスの失業率は9.1%(2018年7~9月)と高いまま。マクロン改革の軸は、企業の規制緩和と行財政改革による「小さな政府」志向だといわれており、こうした点も庶民の不信を買う一つの要因になっているようです。(11月26日 日本経済新聞「マクロン改革岐路 失業率下がらずパリで市民デモ」より)

冷静な目でこの運動を見ると、政策が現実の結果として実を結ぶには、時間がかかります。それだけに就任からわずか1年半で結果を迫られ、ノーが突きつけられたマクロン大統領を気の毒に思う部分もあります。一方、この運動から日本に住む私たちが学べることは、現状への違和感を市民の声として政治に届ける「民主主義」の原動力ではないでしょうか。

閉塞感を抱える日本人は、政治に声を届けようとしているか?

時代の閉そく感を打破するには

生活が苦しく、現状維持に精いっぱいで自分の運命を自分でつかめない閉塞(へいそく)感を抱えるという状況は、フランスに限ったことではなく、日本にもあります。しかし、苦しい暮らしの声を政治に届けて解決しようと思う人は、どれだけいるでしょうか。

ただしデモを嫌う日本人にとっては、まずは身近な人との政治談話をしてみるという穏やかなアンガージュマンから始めることが、ベストではないかと考えてみたりもします。

清水 麻子
清水 麻子

しみず・あさこ ジャーナリスト・ライター。青山学院大学卒、東京大学大学院修了。20年以上新聞社記者や雑誌編集者として、主に社会保障分野を取材。独立後は社会的弱者、マイノリティの社会的包摂について各媒体で執筆。虐待等で親と暮らせない子どもの支援活動に従事。tokyo-satooyanavi.com

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