他者と心地よく生きるヒント
100%わかり合えなくてもいい。漫画家・小栗左多里さんの心地よく生きるコツ
大人気コミックエッセイ『ダーリンは外国人』の刊行から24年。59歳になった著者・小栗左多里さんに、更年期を経てたどり着いた「今を生きる」という人生観や、夫とのほどよい距離感について伺いました。違いを認め合いながら、他者と生きるヒントとは?
INDEX
お話を伺ったのは小栗左多里(おぐり・さおり)さん

漫画家。1995年、月刊『コーラス』でデビュー。アメリカ出身の夫・トニーさんとの微笑ましい日常を描いた『ダーリンは外国人』『ダーリンは外国人2』『ダーリンは外国人with BABY』(すべてメディアファクトリー)、など著書多数。2026年、シリーズ累計300万部突破の名作漫画『ダーリンは外国人』が、24年ぶりにフルカラーのリマスター版として復刻。
「ダーリンは外国人」は、外国人の夫・トニーさんとの異文化コミュニケーションを描きつつも、その本質は「他者とどう向き合い、理解し合うか」という今も色褪せない普遍的なテーマにあります。あれから年月が流れ、59歳を迎えた小栗さん。更年期を乗り越え、大切にしている「人と心地よく生きるヒント」をお聞きしました。
人間関係は「ベン図」でいい。相手の「好き」に少し付き合う

子育てがひと段落した今、やっぱり夫婦の会話自体は減りましたね、普通に(笑)。そんな中で、私は人間関係を「ベン図」のように考えているんです 。
お互いの世界(円)のすべてがぴったり重なり合う必要はなくて、ほんの少しでも重なっている部分があればそれでいいな、って。
夫婦に限らず、相手に対して同じことを求めようとするとどうしても摩擦が起きてしまいますが、数ミリでも重なっているところを見つけて、お互いに興味を持って話に付き合えれば、それで十分だと思うんですよね 。
我が家の場合そんなふうにベン図がところどころで重なっています。トニーが連載しているコラムに私が絵を描いたりするので、彼のテーマについて私が面白いなと思ったことを話したり、ネットで見つけた「ベルギーでじゃがいもが余っていて、仕入れ値が0円」みたいに彼も興味のありそうなニュースをきっかけに会話が広がったり。
逆に、トニーから「虫を見つけたけど見に行く?」と誘われることもあります。彼は植物を育てているので虫にもすごく関心があるわけですが、私は正直、虫は苦手。でも付き合う。そして彼は普段、私が何を言っても腰が重いのに、「虫がいるけど見る?」と声をかけると、すぐに来るんです(笑)。
全部はわかり合えなくても、そうやって相手の「好き」にちょっと付き合ってみる。小さい積み重ねこそが、私たちのベン図を保ってくれている気がします。
理由がわからない眠気…更年期のトンネルの抜け方
そんなふうに相手と程よい距離を保っている一方で、40代後半から50代にかけての激しい更年期の不調にさらされる日々がありました 。
ご飯を食べたら眠くて起き上がれなくて、寝ていたら夕方になっているんです。夕方になったらなんとかご飯を作って、食べたらまた眠くなって、という生活でした。本当にどうしても動けなくて、かなりの時間寝ていましたね。仕事も常にギリギリの状態で、受けられなかったこともありました。
不調が続いた時期、トニーにこうして欲しいとかお願いはあまりしなかったですね。言えば応えてくれたと思いますが、自分自身、その時は更年期なのかなんなのかわからなくて。精神的なものならもうちょっと頑張ればいいのかなって。
そもそも、我が家は妊娠したときから「1人1部屋、1人1ベッド」の独立スタイルだし、私が明るい時間に寝ていても、いつもトニーは「疲れてるんだね」とそっとしておいてくれるんです。私にとっては、そうやって放っておいてくれることがありがたいんですよね。
料理をお願いすると毎回トマトパスタでしたけど(笑)、彼なりにちゃんと作ってくれましたし。
しばらくして婦人科を受診し、検査で結構悪い数値が出て、女医さんが「これはお辛かったでしょう」と言ってくれたんです。それだけでなんだか救われた気がしました。それからは漢方薬がお守りのような存在になり、少しずつ長いトンネルを抜けていくことができました。
夫の落胆が教えてくれた「穏やかに生きる」という選択
そんな我が家ですが、もちろん険悪な雰囲気になったり言い合いをすることもあります。でも、この何年かで私が穏やかになれたきっかけは「引っ越し」にありました。
前の家では駐車場で家庭菜園を始め、いつしかトニーはそこを「庭」と呼ぶほど大切な場所にしていました(笑)。
ところがその後、マンションへ引っ越すことになったら、トニーが前より外出しなくなってしまって……。実は、庭がご近所さんたちとの交流の場にもなっていて、それが彼の日々の楽しみだったんです。
人付き合いが減ってしまった彼の姿を見たとき、「私が言い出した引っ越しのせいで、本当に申し訳なかったな」という、一種の懺悔のような気持ちが湧いてきました 。
そこで私は心に決めたんです。「よし、これからはこの人に対してとにかく穏やかであろう」って 。 そしてまた笑顔が増えるように頑張ろうって思いました。
そうやって自分自身の心を「穏やかでいよう」と意識して、ここ3年くらい行動するようになってから、本当に自分の中身が変わっていきました。精神的にもすごく安定したんですよね。
その結果、今は焦ることや心配しすぎること、誰かに怒ったりイラッとしたりすることが、本当に少なくなりました 。つい最近、トニーも納得の引っ越しができたので良かったなあと思っています。
年齢を重ねてたどり着いた「人生は感情を味わうため」
そうやって心身がやや安定していない時期を通り抜け、年齢を重ねていくなかで、50代に入ると周りで亡くなる人も少しずつ増えてきました。自分自身の残りの時間を考えたとき、ふと思ったんです。「地球に生まれてきたのは、この人生でさまざまな感情を体験するためなのかもしれない」って。
うれしいことや楽しいことだけじゃなく、更年期のしんどかった不調や日々のイライラやモヤモヤ、悲しさや寂しさも、すべての「感情」を味わうこと自体が、生きている意味そのものなんじゃないか、と思うようになったんですよね。
何でも体験してみればいいんだと思えるようになってからは、まだ起きてもいない未来への余計な心配が少なくなり、今を生きることに集中できるようになりました。
もちろん、そうは言っても仕事をしていますから、脳の衰えや物忘れに対する怖さはあります。
でも、そういうことも前向きに捉えていて。最近は脳が若返ると聞いてYouTubeで40Hzの音を聴いてみたり、ミトコンドリアを活性化させるサプリを試してみたり、もちろん脳トレも。
効果があるかはわからないけれど、そういうちょっとした悪あがきを自分で実験する感覚も、今という時間を味わうエンタメとして楽しんでいます。
悩む前にやってみる。できない時は「人のせい」でいい
新しいことを始めるときや、人生の選択に迷ったとき、どうしても足がすくんでしまうことがありますよね。
私は若い頃、大学を卒業しても就職をしませんでした。田舎の親からは電話口で泣かれるほど心配されましたが、「自分の人生は自分で責任を取るから、好きなようにやるんだ」と昔から決めていたんです。
その後、25歳で生まれて初めて漫画を投稿したときは、周りの漫画家さんは10代ばかりでぶっちぎりの最年長(笑)。2年後、2度目の投稿でデビューにつながる賞を受賞し、デビューできました。普通より10年遅い、28歳でした。
やってみれば、うまくいくか、いかないか、必ず何らかの「答え」が出ます。その答えが出てから、「じゃあ次はどうしようか」と直したり変えたりしていけばいい。やる前から悩み続けて終わってしまうのが、一番もったいないことです。
ただ、真面目で責任感が強い人ほど、できない自分を責めて苦しくなってしまうもの。だから私は、どうしてもできないときは「更年期のせいだから」「環境のせいだから」と、誰かや何かのせいにして、自分の心をラクにして生きていく方がずっといいと思っています、迷惑がかからない範囲でね。自分で抱え込みすぎて、心が潰れてしまうのが一番よくないですから。
人生、どんな道も選べると思っています。大事なのは、自分の選択を正解だと信じること。面白がったり笑ったりすることを忘れずに、自分が選んだ人生の答えを、楽しんでいきたいですね。
取材・文=梅津美希
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