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- 群言堂・松場登美さんの暮らしのリズム
衣料ブランド「群言堂」を運営し、日本古来の暮らしの良さを現代に生かす術を発信する「石見銀山生活文化研究所」の代表、松場登美さん。武家屋敷を再生した宿「他郷阿部家」がある石見銀山を編集部員が訪ね、町と人がつくる緩やかな時間を味わってきました。
いざ、縁結びの地、島根県へ
島根県。一年に一度、日本中の神様が集う出雲大社のあるところ。今では縁結びのパワースポットとしてあまねく男女を魅了していますが、この「縁」とは本来、生きとし生けるものが共に豊かに暮らすための結びつきをあらわすものだそうです。
そんな縁結びの名前を冠した空港から、車で1時間と少し。世界遺産にも登録されている石見銀山が見えてきます。かつて銀山として栄え、その頃に使われていた古い建物が多く残る町。その町並みに溶け込むように、ひっそりと佇む宿「他郷阿部家」がありました。
屋内に落ちる影の美しさ
「他郷阿部家」は、1789年に建てられた武家屋敷を、松場登美さんが実際にそこで暮らしながら10年以上かけて、よみがえらせたもの。それを宿として開放し、同じ島根県の方から遠く海外の方まで、あらゆる人々を迎え入れています。訪れる者をそっと包み込むような、日本家屋らしいしっとりとした屋内。訪れたのは熱い日差しの照りつける7月の終わり。外のまぶしい光から一転、目がほっと安まる心地がします。
日本の古い家屋は、今の家に比べてほの暗く、影になるところが多いのが特長。幼い頃に遊んだ親戚の純和風の家にも影の落ちる場所が多くあり、かくれんぼのときには重宝しました。その分、五感が鋭くなるのか、木や畳の匂いが強く記憶に残っています。
そんなことを考えながら覗いた阿部家の厠(かわや)には、壁に貼られた「陰翳礼讃」の一節が。その4文字に深く感じ入りました。
当初の趣を十分に残しつつ、登美さんの手によってモダンなしつらいに生まれ変わった阿部家。懐かしいながらも洗練された空間で、心も体もゆるんでいきます。
鳥やアイガモまでが暮らしやすい町
一歩宿の外に出れば、そこは楽しみに満ちあふれた散策コース。古い武家屋敷や民家を改造した素敵なお店が、そこかしこに見られます。左右に気を取られて進む道すがら、なにやら頭の上をスイッと通り抜ける影が。
ツバメ!
それも一羽ではなく、およそ十羽弱。同行したカメラマンも夢中でシャッターを切ります。よく見ると、町のあちこちにツバメの巣が。聞けば町をあげてツバメの子育て応援をしているとのこと。他郷阿部家の近く、登美さんがデザイナーを務める衣料ブランド「群言堂」本店のギャラリーの横にも、格好よくデザインされたツバメの巣が吊り下げられています。
裏道に回ると、石見銀山生活文化研究所の本社の茅葺(かやぶき)屋根が見えます。その目の前には、社員のみなさんが丹精込めて作り上げた水田が。青々とした苗の間から泳いできたのは、なんとアイガモの赤ちゃんたち。赤ちゃんといっても、もう既に大きさは一人前。でもまだ生え変わっていないふわふわとした産毛がなんともかわいらしく、見ているだけで心が癒やされます。
聞けばアイガモは、稲をよけて雑草だけを食べてくれる優秀なスタッフだそう。こんなところにも、昔ながらの知恵が生かされていました。
本当の夜の暗さを思い出す
そうこうするうちに日が沈み、夕食の時間。他郷阿部家では、宿泊者全員と登美さんやスタッフのみなさんも加わり食卓を囲みます。この日は全員で5名。
新鮮な野菜のグリル、ふっくら煮つけられた魚、舌ざわりなめらかな蒸し鶏、塩をキュッと利かせたおむすび……。
静かに始まった夕食は、お酒と食事が進むにつれ次第ににぎやかさを増し、おしまいには隣にある蔵を改修して作られたバーに移って、夜更けまで歓談は続きました。
そのあと、檜(ひのき)のお風呂にゆっくり浸かり、下駄を履いて外へ出れば漆黒の闇。足元に気を付けながら進むと、昼間光をたたえ流れていた川の、せせらぎだけが耳に入ります。こんなに真っ暗な夜を体感するのはいつぶりだろう。そんなふうに思いながらひと巡りして帰れば、阿部家に灯る優しい光が迎えてくれました。
人の優しさに守られて、出発
ぐっすり眠った翌朝は、再び快晴。
帰る前に銀山の観光に行こうか、と出発準備をしていると、昨日まであった日焼け止めが見つかりません。しまったどこかに忘れてきたかと思い、慌てて「群言堂」のお店のスタッフさんに日焼け止めを売っているところがないかと聞くと、近所の雑貨店にあるかもしれない、と言いつつ「よければ私のを使いますか?」と、あっという間にバックヤードから私物のポーチを持ってきてくれました。
ありがたく顔に塗らせていただいて、念のためとその雑貨店に立ち寄れば、「売ってはないけど、うちの娘が忘れていったスプレーみたいなのがあるよ」と言って、シューッと私の首や肩にかけてくれます。
日焼け止めの形をした人の優しさに包まれ、いざ出発。2日しか滞在しなかったのに、もうすでにふるさとの家のような気持ちです。
名残惜しい気持ちであとにした他郷阿部家は、来たときと同じ静かでと落ち着いた佇まいで、「いってらっしゃい」と送り出してくれました。
※この記事の取材は、2019年に行われました。
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