老いと執着:タンスを手放すまでの道のりにグッタリ
実録・80代親の生前整理
片付けたいけどムリ…300平米の実家がゴミ屋敷に。50代娘が知った“母の苦悩”
人里離れた大屋敷の実家で1人暮らす80代の母。あふれるモノ、増える孤独、進まぬ片付けには想像を超える理由がありました。生前整理の現場で明らかになる「手放せない想い」と「片付けの意味」。その瞬間、母と50代の娘に訪れた変化を追います。
INDEX
YouTube「イーブイ片付けチャンネル」で多くの事例を配信するゴミ屋敷清掃・不用品回収の専門業者「イーブイ」(大阪府)代表の二見文直氏に、親が生きているうちに実家を片付ける「生前整理」の現場を聞きました。
出典:動画「ゴミ袋は7割まで?重い家具は布団で運ぶ?片付けが捗る裏ワザ公開。思い出に浸る時間を作るための、戦略的お片付け。」より
「眠れない1階」と「上がれない2階」がある家
駅から徒歩1時間30分。空き家の目立つ地域に建つ大屋敷が今回の現場だ。
居室が8部屋のほかに応接間、図書部屋、物置、ガレージ、台所。1階と2階に加えて中2階まであり、延床は300平米ほどになる。そのほとんどの部屋がモノであふれていた。
この家に1人で暮らしているのは、80代になる母親である。片付けようと思うほどモノは広がっていき、娘にも言えないまま時間だけが過ぎていた。
生ゴミこそないものの、母が主に過ごしていた部屋は、モノで雑然としていた。
床が見えるのはいつも座っていた回転椅子のまわりだけで、その周りには、本、CD、書類、レジ袋などが、腰より低い位置に置かれている。
「ここにいると全然眠れなかったんです。モノが多くて、1人が怖かったんです」(母)
モノの圧迫感に苦しめられていたというのに、なぜ片付けることができず、これほどまで増えてしまったのか。
「交通事故で右手が動かなくなってしまって。(車の運転中に)信号で止まっていたら、後ろからノーブレーキで追突されて。
それもカーブの坂道で雨の日に前の車と挟み撃ちになって。前と後ろでドンドンとやられて、首を痛めて、どこの病院に行っても原因がわからなくて」(母)
ようやく原因がわかったのは事故から4年後のことだった。それまで動かすことができなかった右腕の筋肉は大きく衰えてしまった。
「右手が上がらないから、モノを床へ下ろしたら今度は持ち上げられないんですよ。だから全部床に置くので、余計に広がってしまったんです。
私、あまり2階に上がったことないんですよ。手すりもないし、怖いから」(母)
眠れない1階と、上がれない2階。大きな家の中で、母が生活できる範囲は、少しずつ狭まっていた。
親が生前整理を始める「ベストなタイミング」
モノが増えていった理由は、身体の問題だけではなかった。この地域はゴミ出しの環境が厳しいのだ。
市の中心部なら戸建ての前まで収集車が回ってくれるが、ここではゴミを集積所である公民館まで運ばなければならない。
二見氏が実際にゴミ袋を持って歩いてみると、集積所までは坂道で200mほどあった。
「公民館でゴミ出しをするけども、月曜は何、水曜は何と決まっているから全部出せないんですよ。それに、スペースにも限りがあるから2袋出すともう出せないんです。近所の方に迷惑をかけるから」(母)
以前、ゴミ出しの際に背骨を折ったこともあるという。
「そのときは、家まで帰ってくるのが大変で、階段も這って上がっていました」(母)
一度は別の業者に片付けを頼んだが、大雑把な作業で、細かいところまでは手が届かなかった。そんな矢先に脳梗塞で倒れ、治療後、病院でリハビリを受け始めた。自由に動くことができなくなり、娘の世話になるようになった。
片付けられなかったのは、母がだらしなかったからではない。片付けようと思っても、片付けることができなかったのだ。
転機は、娘に勧められて「イーブイ片付けチャンネル」の動画を見たことだった。そこから、この家の片付けは動き出した。
生前整理を始める時期について、二見氏はこう話す。
「タイミングは人それぞれです。でも、『生前整理』という言葉が本人の口から出たタイミングが、そのときなのかもしれないですね」(二見氏)
荷物から出てきた「孫からの手紙」に涙
母の部屋には、たくさんのCDが並べられた棚がある。音楽は、母の暮らしの支えだった。
「掃除のときはタンゴをかけるんです。タンゴをかけると元気が出てきてスイスイできるので。音楽に救われています。
(亡くなった)主人がポール・モーリアが好きでね。大阪のフェスティバルホールにはよく行きましたよ。連れて行っていただいて。これから静かに聴いてみたいなと思ってね」(母)
和室の1つにはハンガーラックが連なり、大量の衣服が隙間なく掛かっている。家のあちこちに家族の思い出の品があった。
片付けは、今回片付けのきっかけをつくった娘(50代)も一緒に行った。
「片付けているとなんか懐かしいものが出てきて、手が止まってしまって。私の知らないものがいっぱい出てきて、それで話を聞いていたら全然進まない。
『これ何?』って聞いたらそのたびに教えてくれるでしょ。それがもう楽しくてね。『えっ、そんなんあったんや』って。
こういうのは、やっぱり生前にやっておくべきやね。母が亡くなってからやったら聞けないでしょ、そんな思い出」(娘)
この家は、娘が育った家でもある。
「私が小学校1~2年生くらいまでは古い家だったのを、同じ土地に建て直したんです。当時は父、母、姉、私の4人で住んでいて、それでも広いと思ったけど」(娘)
その父が亡くなり、姉も亡くなった。遠方で暮らす娘は、たまに帰るたびにモノが増えているのを感じていた。
「母は買い物が好きだったし、そのうえ『捨てられない』性格だったから溜まっていくばかりで」(娘)
片付けの途中、幼い孫からの手紙が出てきた。「お家に行くのが楽しみです」と書かれていた。
「この家、気に入ってたからね。たまに来たらうれしがって。手紙を読んだら涙が出てきました。一応写真に全部撮って、子どもにも見せてあげようかなと思って。涙が止まらん」(娘)
手放したいのに、手放せない
この家にはもう1つの問題が残っていた。田舎の大きな家は、そもそも処分すること自体が難しいと二見氏は話す。
「田舎の実家の片付けって、捨てるモノにまず困るんですよ。木材があったり、灯油があったり、壺や棚や工具類があったり」(二見氏)
物置に長く置かれたモノは、埃や砂をかぶり、湿気で劣化する。田舎の一軒家では、ネズミが入り込むこともある。そして、片付いたところで、家は売れない。
「こういう家だと売却もしにくい。交通の便が悪いとなかなか買い手がつかなかったり、解体するにもとんでもない費用がかかったります。
更地にしたところで、周りに農地が多い中でわざわざ買う人も少ないですし、古民家をリノベーションして活用する人も一握り。片付けがうまくいったとしても、家の売却処分で困られる方が多いです。
逆に、そういう問題があるからこそ、片付けをせずに放置してしまいがちなんです」(二見氏)
売れなければ、固定資産税を払い続けることになる。今回の家もそうだった。
すっきりとした部屋で「思い出したこと」
「いい思い出ばかりが浮かんできます」
片付けの終わり、畳の広がった部屋を見て、母は言った。
すっきりとした室内で思い出したのは、朝早く起きて車の中でおにぎりをつくり、夫が運転する横からそれを食べさせた日々のことだった。
「畳がこんなにきれいに見えたのは8年ぶりくらいです。倒れてばかりで、こんなに笑顔になることはなかったんですよ。久しぶりに笑って話ができるようになりました」(母)
片付けが済んでも、この家はまだ売れていない。片付けは、この家が抱える問題をすべて解決したわけではない。
それでも、生きているうちに手をつけたから、娘は1つひとつのモノについて母に聞くことができた。母が亡くなったあとでは、娘は何も知らずに捨てるしかなかっただろう。
取材・文=國友 公司
※本記事は『東洋経済オンライン』2026年8月29日配信の記事を紹介しています。
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