エッセー作品「限界野菜」甲斐てい子さん
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第9期第1回
「塩で煮る」宮下滿枝さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。第9期1回目のテーマは「塩」。宮下滿枝さんの作品「塩で煮る」と山本さんの講評です。
「塩で煮る」宮下滿枝さん
塩で煮る
ある時『かぼちゃを塩で煮る』という牧野伊三夫さんの本が雑誌で紹介されていた。それを見た私は、すぐ本屋さんへ走った。なぜか、その時、これは私に必要な本だと思ったのだ。
うまく言葉にはできなかったが、その頃いろいろかかえて、閉塞感のある毎日から抜け出したい、抜け出すにはどうすればいいか、と考えていたような気がする。当時の私は60代の後半、夫を亡くしたばかりだった。いくつもの病気で入退院を繰り返した末の死だった。本人もつらかったと思うが、家族にもつらい毎日だった。私は夫と2人で作った会社を引き継ぎ、それまでと同じように仕事を続けていた。銀行からの借金もあり、やめるという選択肢はなかった。不安ばかりで続けていく自信はなく、何かに押しつぶされそうな毎日だった。
そんな時、この本に出会ったのである。それまでかぼちゃを塩で煮たことはなかった。この本を知り、ふと、塩で煮たかぼちゃを食べてみたくなった。牧野さんの本には、作り方がていねいに書いてあった。そのとおりに作ると、自分が想像していたより、ずっとおいしかった。塩で煮ることで、かぼちゃ本来の甘さが引き立っていた。心から「おいしい」と思って食べたことが、しばらくぶりだったことに、自分自身が驚いた。
夫の死後、とにかく自分の健康を維持するために、食事だけはきちんととらなければいけないと思っていた。それなのに買物にも行けない日が、どのくらい続いたのだろうか。スーパーへ行って、魚売場で夫の好物を見つけただけで、もう足が動かなくなってしまう。何も買わずに帰ってきたことが何度かあった。ずいぶんたってから娘に話すと「そんなに仲がよかったかな」とからかわれた。長い闘病生活だったので、わかっているつもりだったのに、覚悟が足りなかった。配偶者を亡くすということは、こういうことなのかと思い知らされた。
あれから8年がたった。私も年をとり、夫の年齢を超えてしまったが、今でもかぼちゃを煮るたびに、この頃のことを思い出す。以前から牧野さんのファンだったが、ますますファンになった。編集者に「趣味のいい食いしん坊」と言われた牧野さん。
編集者はさらに書いている。
「わたしは牧野さんに出会ったおかげで、人生がかけねなしに10倍は楽しくなった。これからも楽しいにちがいない。」
私もですよと言いたい。
山本ふみこさんからひとこと
この作品は、書評としても整理しています。
書評は、評価する作品に対して行われることが多いわけですけれど、とてもとてもむずかしいのです。書く対象と一定の距離をとらなければ実現しません。
その意味でも「塩で煮る」お見事です。
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通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は講座の受講期間の半年間、毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。
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