母の病気が気付かせてくれた、親との「見えない壁」を壊す小さな一歩
親との関係は悪くない。でも私たちの間には、なぜか「見えない壁」があって本音を話せない。そんな私が、母のALS(筋萎縮性側索硬化症)をきっかけに踏み出した小さな一歩。親との距離を縮めるまでのお話です。
「見えない壁」が、母の病気で溶け出すまで
私はずっと、親との間に「見えない壁」を感じてきました。
決して仲が悪いわけではないが、仲のいい親子ともいえない。表面的な話しかできず、親に本音も話せない。「心配かけたくない」「ちゃんとしていなきゃ」と思う私自身が、知らず知らずのうちに壁を厚くしていたのかもしれません。

ただ、心のどこかでは、壁をなくしたいと思っていました。でも何も変えられないまま年齢を重ねました。そんな私の価値観を大きく揺さぶったのが、母の病気でした。
母の病気が判明し、意識した残された時間
2020年末、母がALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断されました。
進行性の病気で、治療法も確立されていないと知り、「親との時間はまだある」とどこかで思っていた私に、残された時間が多くはないという現実が突き付けられました。
しかもコロナ禍。関東に住む私が、九州にいる母のもとへすぐに帰ることも難しい状況でした。
「離れていても、私にできることは何か?」
そう考えたときに出てきた答えが、心理職の私なら、心のサポートができるという思いでした。そこで始めたのが、母とのLINEや電話です。
たった、そんなことなんです。ただ、私にとって、それまで3か月に一度ほどだった連絡が、入院中は毎日のLINEに変わりました。そして電話で世間話をしながら、母の気持ちを聞くことも増えました。
親との距離を縮めた、小さな一歩
今振り返ると、すぐ帰省できなかったことが、私にはよかったのかもしれません。厚い壁を、対面で一気に壊すことは、当時の私にとってハードルが高かったと思います。
離れていたからこそ「まず、まめに連絡をする」という小さな一歩を踏み出せました。

それは、多くの人が当たり前にしている一歩にも満たないかもしれません。でも、私にとっては大きな一歩でした。
そして、話を重ねるうちに、母の過去や思い、私が覚えていない幼少期のことを知るようになりました。私は母のほんの一面だけを見て、「母親像」を創り上げていたんだと。一人の人として母を知るうちに、少しずつ心の距離も変わっていきました。
母との時間を過ごす中で、私は「介護とは、親のお世話をして支えることだけではない」と気付きました。
親との関係を見つめ直すことは、心のしこりを解消し、関係性を再構築しながら、自分自身の心や生き方を見つめ直すことでもあったのです。
母を見送った今、私は「もっと話せばよかった」という心残りは、ほとんど抱えていません。
そして今は、父との距離を縮めることに向き合っています。
文・佐々木ふみえ
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