50代後半からの挑戦と現実
58歳で飛び込んだWEBデザイナーへの挑戦!技術よりも苦労したこととは?
「これから、どう働く?」娘たちの巣立ち、親の看取りを経た50代後半、どんな自分でいたいのか? そう考えて私が選んだのは「WEBデザイナー」という道でした。58歳で飛び込んだスクールでの奮闘と、そこから得た気づきについてお届けいたします。
INDEX
50代後半、自分らしく稼ぐために何をすべき?
「これから、どう働く?」
同世代の友人との会話でも、これからの生き方や時間の使い方について話すことが増えました。
娘たちが巣立ち、親の看取りも経験した今、今までとは生活スタイルも変わり、それとともに少しずつ心境も変化してきたように思います。
今までと同じような働き方ではなく「自分で稼ぎたい」という思いが一層強くなり、本気で考えるようになっていました。
それは単にお金だけの問題ではなく、さらに年を重ねていったとき自分に残るものはなんだろう。どう生きていきたいのか。そんなふうに思ったからです。

どれもうまくいかない…副業としてチャレンジしてきたこと
初めてWEBサイトを作ったのは50代前半の頃でした。
当時は「ブログで稼ぐ」という興味をそそられるものが出回っていた時期でもあり、単純な私は「自分でWEBサイトを作ったら稼げるかもしれない!」と希望を抱きながら夢中でパソコンにへばりついていました。
とはいえ、1年間がんばっても収益は8000円程度。甘くはない現実を知り、徐々に放置状態に……。
その後もチームでメディアを立ち上げるプロジェクトに参加したり、暗号資産サイトの執筆をしたり、貴重な経験をさせていただきましたが、どれもうまくいかない。
「自分には才能もセンスもない。稼げるわけないか……」
小さな挑戦を独学で続けていましたが、うまくいかないことを繰り返した50代前半でした。
腹を括った受講費36万!課題の山とPCに向かう日々
だいぶ遠回りしましたが、「自分で仕事をつくる」という小さな種火は消えず、「今度こそは!」と、58歳でWEBデザインスクールに飛び込みました。
年齢にとらわれたくありませんが、「これが最後の挑戦!」と自分に言い聞かせ覚悟しました。
受講費用は約36万円。こんな金額を自分に投資することに悩みましたが、「すぐに回収するぞっ!」そんな意気込みでスクールの門を叩いたのでした。
制作に使う編集ツールの操作を学ぶところからスタートしますが、自分でも愕然とするほど全くできない……。
最初の1週間はパソコンの前に座るのすら怖くて泣き叫びたい! そんな状態でした。できなさすぎる自分を、受け止めなければならない時間が怖すぎたからでした。
課題の制作に取り掛かるも、調べながらの操作なのでほぼ進まない。夕方になるころには、1日を無駄にしているようで落ち込む毎日でした。
それでもとにかく課題の山! 山! 山! を終わらせなければ、前に進めません。
用事や買い物以外はほぼ1日中パソコンに向かう日々だったので、集中力が切れると突然パンを焼いてみたり、能動的な動きで気分転換しながら乗り切りました。
月1万円の追加料金を払って2か月延長もして、実践や案件獲得も含めてトータルで約1年かかって卒業しました。
本来は、在籍中にお仕事を受注していくことがスクールの課題。自分自身が掲げていた「ホームページを受注する」という目標を、達成できないまま卒業を迎えました。

心にフィットする生き方を。私の挑戦はまだ続く…
全ての流れを経験して一番大変だと思ったことは、学習期間ではなく技術を学んだあとの営業の実践段階でした。
20代、30代、自分の娘たちと同世代の方たちが活躍している現状に、どうしても気後れしてしまう自分がいました。「経験豊富な方! 30代の方!」といった募集要項を見ては、「私には無理かも……」と、新人なのに経験がない50代の自分。
そんな自信のなさからなのか、前に進もうとしながらも、気持ちではブレーキをかけていることに気付いたのです。
「怖い・無理」と感じる心の正体は、「恥をかきたくない」という謎のプライドと思い込みでした。
ですが諦めるのは簡単です。また元の自分に戻るだけ。しかし諦めの悪い私は絶対にまた同じことを思うのだろうと、怖さ覚悟で進んでいこう! と自分自身と戦っているところです。
58年生きてきても、経験していないことは怖いと感じるものなのです。
無駄なことばかりしてきたな……。と思うような経験すらも、もしかして伏線を回収しているような気がしてきました。恥ずかしさや怖さを乗り越えたらきっとできると信じて、私の挑戦は続きます。
果たして自分はどこに辿り着くのか? 未来が決まっていない自分に、わくわくしています。

文・miha
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