「こころのはなし」若林理砂さん・3

家でできる!若林理砂さんに学ぶ「爪楊枝鍼」のやり方

公開日:2023.09.14

「田んぼに水を張る前に行うのは? そう、用水路の掃除ですよね」と鍼灸師の若林理砂さん。用水路がきれいでなければ、田んぼまで水を届けられません。体の中の気を流すためにも、気の通り道は整えてあげる必要があります。爪楊枝を使った鍼で行います。

著者プロフィール:若林理砂さん

著者プロフィール:若林理砂さん

わかばやし・りさ 1976(昭和51)年生まれ。臨床家、鍼灸師。高校卒業後に鍼灸免許を取得、早稲田大学で思想・宗教を学び、2004年にアシル治療室を開院。予約の取れない人気治療室となる。古武術を学び、現在の趣味はカポエイラ。主な著書『安心のペットボトル温灸』(夜間飛行)、『決定版からだの教養12ヶ月』(晶文社)、『気のはなし』(ミシマ社)など。

体内の“気”の量を、自分で調整して、心の健康を保ちましょう

体内の“気”の量を、自分で調整して、心の健康を保ちましょう

東洋医学では、「陰・陽」でものごとを考えます。「陰の気」と「陽の気」、体にある2つの気のバランスをうまく取ることが、体と心を落ち着かせることにつながります。

体の気は、自然界にある気の影響を強く受けます。人も自然界の一部だから当然です。秋冬、自然界に多いのは陰の気ですが、春になると一転、陽の気が増え、その量は夏至にピークを迎えます。

季節の変わり目である春や秋に体や心のバランスを崩しやすいのは、実はこのように気の性質が変わるからなのです。

気分が晴れなくて心がモヤモヤしているときは、体の中の気は詰まり滞っている状態、とこの連載ではお伝えしてきました。気の滞りは毎日の運動量が減っていることに他ならないので、活動が少なくなる冬の時期はふさいだ気分になりやすいものです。

そんな気が詰まった状態で、陽の気を取り込んだら大変。あふれてしまいます。

気の滞りは心の不調につながりますが、気があふれても同様です。なんでも過剰な傾向になるので、怒りっぽくなったり、衝動的な行動に出てしまったり、食べ過ぎてしまったり、気晴らしに行うことをやり過ぎてしまったり……心と体は不安定になってしまいます。

体内で気が氾濫しないよう、詰まりをスッキリさせたり、増え過ぎた気を減らしたりしなければいけません。足りない気を補うにはお灸を使いますが、あり余る気を取り除くには鍼を用います。

おうちにある爪楊枝(つまようじ)を使って鍼をします

おうちにある爪楊枝(つまようじ)を使って鍼をします

今回紹介するのは、みなさんの家にある爪楊枝で行う鍼です。「爪楊枝を刺すの⁉」と思われるでしょうが、皮膚に刺すのではなく押し当てるだけです。

古代中国より使われている「鍉鍼(ていしん)」という刺さない太い鍼があります。この形が爪楊枝にそっくりなのです。金属製か木製か材質が違うくらい。爪楊枝では風情がありませんが、効果は十分です。

刺す鍼は刺さない鍼よりも、気を減らす作用は強いですが、現代人には少し刺激が強過ぎます。

『黄帝内経(こうてい・だいけい)』という紀元前の医学書には、鍼をするとき、「労働者には強い刺激を、王侯貴族にはやわらかい刺激を」とあります。運動量や筋肉量によって施術が違ったのですね。

そう考えると、当時の王侯貴族よりもきっと動いていない私たちは軽い刺激の鍼がピッタリです。私も患者さんに多用するのは刺さない鍼。刺す鍼は、滞りの強いところにだけ用います。

鍼は体の奥まで刺すからこそ効くとお考えかもしれませんが、ちょっと違います。

治療では、体の「気」「血(けつ)」「津液(しんえき)」を動かします。津液とは汗や体液など体内にある水分です。どれかが滞った場合、まずは気を動かすようにします。

皮膚の表面には気が流れ、次に津液、一番深いところに血液があります。表層の気が動けば、血も津液も動くというのは、ツボ=経穴けいけつの考え方です。刺す鍼は津液や血に直接働きかけますが、刺さない鍼は気にアプローチするのです。

家でできる!爪楊枝鍼の作り方

それでは爪楊枝鍼を作ります。爪楊枝20本と輪ゴム1本を用意してください。爪楊枝の先端を揃え、輪ゴムで束ねれば完成です。

家でできる!爪楊枝鍼の作り方

ツボに当てるのは、尖った方です。ツボを正確にとらえるのは難しいので、はじめは当たる面積が大きい20本くらいがおすすめ。ツボに当てる面積が広いと温和な作用になり、狭くなるほどに効果は高くなります。

少し上達してきたら7本くらいに本数を減らしましょう。当て方は、爪楊枝鍼をツボに1秒くらい押し当てて、1秒くらい離します。押し当てて離す……を4回程度繰り返して、肌がほんのり桜色になったら終了です。

爪楊枝の先の跡がつくかつかないかくらいの力加減にしてください。跡がくっきりと肌に残ってしまっていたら、力が強過ぎます。

心の不調で爪楊枝鍼を当てるツボは、まず三陰交(さんいんこう)です。季節の変わり目の不調は、血が頭に上るからと考えられているので、血液の流れを司る三陰交を爪楊枝鍼でトントンして整えます。

三陰交(さんいんこう)は足の内側にあり、くるぶしの一番高いところから指4本分上の部分です。

不調に効くツボ

その後、頭がモヤモヤしていたり、イライラが強い場合は、身柱(しんちゅう)と百会(ひゃくえ)に。不安感や心がザワザワとして落ち着かない場合には、内関(ないかん)と身柱に爪楊枝鍼を当てます。

身柱は自分では手が届かなくてうまく爪楊枝鍼を当てられないので、ヘアブラシを使うのがおすすめです。柄を持って、肩の上から背中にまわしたブラシの先端を身柱に当て軽くトントン。旅館にあるような、プラスチック製の先が硬い物がちょうどいい刺激になります。

心が落ち着かない、そのときにやってください。ただ頻繁にやり過ぎると、気を追い出し過ぎてしまうので、一日2回程度にとどめておきましょう。

心も体もバランスの取れた状態「中庸」を目指す養生貯金を

心も体もバランスの取れた状態「中庸」を目指す養生貯金を

前回紹介したペットボトル温灸とこの爪楊枝鍼の両方を、日々の養生に用いることで、体の中の気を過不足ない状態に持っていけます。気は増え過ぎるとのぼせた状態になり、減り過ぎると貧血のようになります。体の声を聞きながら、気を適切な量に調整しましょう。

東洋医学では、心も体もバランスの取れた状態「中庸」を目指します。その中庸には幅があります。

やじろべえで例えると、フラフラとなりながらもギリギリ転ばない状態までが中庸。転んでしまったら病気の状態「已病(いびょう)」です。傾きっぱなしのときは、調子が悪いかもという段階の「未病」。

人は生きているから必ず揺れが生じるものです。揺れが止まるのは亡くなるとき。みなさんには、中庸のど真ん中を目指していただきたいわけではなく、何かあったときに転ばないよう、傾きはできる限り小さく、でも止まらないことを心掛けてほしいのです。

中庸を保つには、ペットボトル温灸や爪楊枝鍼ばかりでなく、「寝る」「食べる」「運動」という養生の基本をほどほどに続けていくことが大事です。

私は日常的に、寝て、食べて、運動してというサイクルを続けています。その理由は何だと思いますか? 

それは、たまの楽しみにしている旅行のためです。お酒を飲んだり、旅行でおいしいものをたくさん食べるために、普段は体と心を余裕のある状態にしているのです。いわば「養生貯金」です。

日々、養生を積み重ねてやじろべえの揺れを小さくしておけば、思い切り楽しむときがあっても、やじろべえが倒れるまでに猶予がありますし、早く起き上がることもできます。旅行から帰って調子が悪くなったりしないよう、日常では余計なことはやらない。

不養生を浪費しなければ、いざというときに不養生ができます。養生は人生を楽しむための準備。せっかく生きているのに、ずっと楽しめないなんて嫌ですからね。みなさんも日々の養生、続けてくださいね。

取材・文=井口桂介(編集部) 図版=中村かおり

※この記事は雑誌「ハルメク」2022年4月号に掲載された内容を再編集しています

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