モノが減ると不安も減る、実家の断捨離#2

我慢も別居も自分次第!やましたひでこ流「親離れ」と断捨離の誕生

LIFE LIFE
我慢も別居も自分次第!やましたひでこ流「親離れ」と断捨離の誕生

義両親との同居ストレスで体調を崩し、別居に踏み切った断捨離の提唱者・やましたひでこさん。「世間体軸」の姑と「自分勝手軸」の実母という真逆の二人と向き合う中で、ヨガの行法哲学を日常に応用する「断捨離」のヒントを得たというエピソード後編です。

教えてくれるのは、やました ひでこさん

断捨離(R)提唱者。ヨガの行法哲学に着想を得た「断捨離」を日常の「片づけ」に落とし込み、誰もが実践可能な自己探訪メソッドを構築。『断捨離』(マガジンハウス)は、日本はもとより台湾、中国でもベストセラーとなり、関連書籍は累計300万部を越えるミリオンセラー。最新著に『モノが減ると不安も減る 実家の断捨離』(大和書房 )

同居で我慢しつづけるのも別居に踏みきるのも自分次第

同居で我慢しつづけるのも別居に踏みきるのも自分次第

前回は義理の実家でのカルチャーショックをお伝えしました。今回は同居解消の決断や「断捨離」誕生につながるエピソードをお届けします。

同居して12年後、私は積もり積もったストレスで体調を崩し、ついに別居することになりました。

ついに耐えられなくなり、家を出ることになったのには責任を感じました。義両親がイジワルで私をいじめ抜いたのなら爆発してスッキリもできたでしょうけれど、義両親はいたって善人です。夫には、「ごめんね、私が仲良くできなかったばかりに、また新しい家のローンを背負うことになって」と謝ったのを覚えています。

義理の実家から車で20分ほどの郊外に、家を建てることになったのです。そのきっかけとなった出来事は、私自身の中に「他人軸」を認めた、そんな出来事でもありました。

夫の一言で一変。「死」を待つ生活から自ら動く覚悟へ

それまで義両親との価値観の違いにイライラしてはいましたが、本気で別居を考えたことはありませんでした。ただ、私も実家の母との会話の中で同居の苦労を漏らしていたのでしょう。姑が病気になったとき、母にこんなことを言われたのです。

「あの人たちが先に死ぬんだから我慢しなさい」と。それを聞き、私は冗談じゃないと思いました。義両親が亡くなる時期など誰にもわからないし、このまま私が我慢を続けていたら私のほうが先に死ぬと思ったのです。

夫にその話をしたところ、「なんだか、人が死ぬのを願いながら生きるなんてイヤだよな」とつぶやいたのです。その言葉を聞いて、私はハッと目が覚めました。

たしかに私は内心、「死んでくれたらラクだな」と思っていたのです。それはつまり自分が現状を変える必要がないということ。私は何もせずに、まわりが私に都合よく変わることを願っていたということです。

でも夫が「それは違う」とはっきり意思表示をした。このおかげで、現状を変える勇気と覚悟を持てたのです。

実際、家族関係に悩むあまりに「死んでくれたらラク」という思いを抱いている人は少なからずいます。思い詰めて事件に発展してしまうこともあるくらいですからね。ケンカする覚悟もなく、正面から向き合う勇気もなく、望み通りに事態が好転していくことなどないのです。

超「世間体軸」vs 超「自分勝手軸」。両極端の生き方をする姑と母

超「世間体軸」vs超「自分勝手軸」。両極端の生き方をする姑と母

実の母に介護が必要となり、私の住む石川県に呼び寄せたときのこと。実の母と夫の母。この二人が晴れて「ご近所さん」になりました。

姑の「他人軸」「世間体軸」は、実家の母の「自分勝手軸」とは真逆の価値観でした。つまり人の目・世間の目を気にする人と、人目を気にせず好き勝手にふるまう人と。そう、私は「超他人軸」と「超自分勝手軸」の二人に囲まれていたのです。あまりに両極端のため、その違いは興味深いばかりでした。

母と姑は、時に結託して私の悪口を言うこともありました。「共通の敵」をつくると仲良くなれますからね。二人がそうやって盛り上がることもあれば、お互いの不満を私に漏らすこともあります。母は姑に対する不満を私に言い、姑も母に対する不満を私に言うのです。

そんなとき、二人には「悪いけど間に入らないから直接言って」と宣言しました。他人軸の姑は、母に直接言うなどできません。一方で、自分勝手軸の母は姑にストレートに伝えます。

姑は、いわゆる「人がいい」タイプ。他人の言いなりになり、自分が悪く思われるのを好まない人です。一方、母は自分の思いが通じればいいタイプ。「いい人と思われたい」という気持ちはつゆもありません。

モノを片付ければ心も変わる!断捨離が生まれたひらめき

まるで正反対の二人ですが、モノを溜めこむ習性は共通していました。

私は両方の実家のモノと格闘しながら、続けてきたヨガの概念が「断捨離」へと結びついていったのです。

日常生活で実践してこそのヨガ。執着を断って、捨てて、離れる――断行・捨行・離行。これを日常に落としこむとどうなるのだろう、と考えて続けていました。

執着とは、過去への未練と未来への淡い期待のこと。心の執着は目に見えないけれど、その執着の証拠品が目の前にあるとしたら、それは可視化できたということ。

執着は瞑想して消えるとは思えないし、第一、瞑想などできないと思っていました。でも目の前のモノに取り組めばなんとかなるのではないか――とひらめいたのです。

物理的に切り崩していけば、心の執着心、つまり過去への未練と未来への淡い期待が少しずつほどけていく。その気づきをヨガの生徒さんたちに伝え始めたことで「断捨離」は広がっていったのです。

夫と姑がついに決裂!? 介護がもたらした最悪の結末

夫と姑がついに決裂!? 介護がもたらした最悪の結末

義理の親の介護――。その時は突然やって来るかもしれないし、そろそろかなと予測がつくこともあるでしょう。

義両親が70歳を超えると、舅が不調を訴えます。そして姑に認知症の症状が出ると、夫が週末に義実家を訪れて介護を始めました。舅が亡くなってからは、姑と夫がぶつかることが多くなりました。

姑は戦後の混乱期から一生懸命働いてきた人。対して舅は全然働かず、姑が一家を支えてきたのを夫は見ています。多少暑苦しい思いはあったけれど善人で、よき母親でもありました。

その姑が認知症になり、主に面倒を見ている夫(姑の息子)に対しても心無い言葉を吐く。そんな母親の姿を見るのは夫もつらかったのでしょう、だいぶイライラしている様子でした。

それでも夫は姑の面倒をよく見ていたと思います。私が断捨離で全国を飛び回っているため、夫が介護から家事までこなしていました。かつては全く家事をしなかったタイプでしたが、姑のごはんを作り、薬を飲ませ、身の回りの世話をしていたのです。

やがて夫の我慢も限界になったのでしょう、姑は夫の姉(姑にとっては娘)の家に引き取られることになりました。ほどなくして、その姉と夫も行き違いがあり、没交渉に。さらに姑は、姉家族ともトラブルを起こし、結局、施設に入居したのです。

穏やかで家族仲のよかったやました家がこうして決裂してしまう――。介護の現実の厳しさを改めて見せつけられた思いです。

写真:松田咲香

※本記事は、書籍『モノが減ると不安も減る 実家の断捨離』より一部抜粋して構成しています。


次回の記事では、親のタイプを見極める!断捨離提唱者が教える「生前整理」5つのコツを紹介していきます。


■「モノが減ると不安も減る、実家の断捨離」をもっと読む■

#1:義実家の「断捨離」!やましたひでこさんの葛藤
#2:我慢も別居も自分次第!「親離れ」と断捨離の誕生
#3:親のタイプを見極める!「生前整理」5つのコツ

もっと詳しく知りたい人は、やましたさんの書籍をチェック!

もっと詳しく知りたい人は、やましたさんの書籍をチェック!

『モノが減ると不安も減る 実家の断捨離』やました ひでこ (著)、大和書房 刊

Amazonで購入!>>
楽天ブックスで購入!>>

送料無料キャンペーン

★キャンペーン中★

LINEお友だち登録で送料無料クーポンもらえる♪

ショップで見る
HALMEK up編集部

HALMEK up編集部

「今日も明日も、楽しみになる」大人女性がそんな毎日を過ごせるように、役立つ情報を記事・動画・イベントでお届けします。

ライター記事一覧
  • TOP
  • LIFE
  • 我慢も別居も自分次第!やましたひでこ流「親離れ」と断捨離の誕生

RECOMMEND

関連コンテンツ

もっと見る

PICK UP

注目の記事

NEW

今週のアップデート