HALMEK up アンバサダー紹介♯7
認知症介護と更年期を乗り越えて!6年の「通い介護」で見つけた答え
認知症の母を6年間支えながら、実家片付けや介護の日常を発信している、「HALMEK up アンバサダー」のえんこさん。更年期、介護、仕事、家族との両立…。“全部がんばりすぎない”ことで見つけた、50代からの自分を守る介護の形とは?
INDEX
親の介護は、ある日突然始まるんです

「介護って、“がんばる人”ほど危ないと思うんです」
そう静かに話すのは、認知症の母を6年間介護しながら、実家の片付けや日々の暮らしをInstagramで発信している“えんこ”さん。
現在は車で10分ほど離れた実家へ毎日通い、朝・昼・夜と母を支える“通い介護”を続けています。
介護が始まったのは6年前。当時は「全部自分がやらなきゃ」と思い詰めていたといいます。
ですが、更年期とも重なり、心も体も限界寸前に……。
「“ちゃんと自分で介護しなきゃ”って思いすぎて、壊れかけていました(笑)」
そんなえんこさんが、少しずつたどり着いた“がんばりすぎない介護”の形とは?
「家がぐちゃぐちゃになっていた」…母の異変に気付いた日

最初に異変を感じたのは、実家の様子でした。
「母は、もともとすごくきれい好きだったんです。でも実家へ行ったら、家の中がぐちゃぐちゃになっていて……」
クローゼットから服が大量に出され、ベッドの周りには服の山。リビングにあった物まで、なぜか枕元に積み上げられていたそう。
「“なんで全部出すの?”って、最初は私も感情的になって怒鳴ってしまいました」
さらに、銀行での出来事も大きなきっかけでした。
ATMでお金を下ろそうとした母が、「暗唱番号がわからなくなった」と言って戻ってきたのです。
実は、えんこさんは以前、福祉関係の仕事をしていました。認知症に関する研修も受けていたため、「もしかして、これは認知症かもしれない」と感じたといいます。
「認知症じゃない?」と言っただけで、家族の空気が変わった

ただ、“認知症”という言葉を受け止めるのは、家族にとって簡単なことではありませんでした。
「“年を取れば忘れることくらいある”って、逆に私が責められたんです」
“認知症かもしれない”と言ったことで、家族との空気がギクシャクしたこともあったそう。
その後、病院を受診し、認知症の初期と診断。脳の萎縮も始まっていました。
医師からは、「できるだけ生活環境を変えない方がいい」と言われたそうです。
一緒に暮らす介護ではなく、“通う介護”を選んだ
当初は、一緒に暮らすことも考えました。実際、一度は母を自宅へ連れてきたこともあります。ですが――。
「10分、20分おきに“家に帰りたい”って言うんです」
夜も眠れず、不安定になっていった母。慣れない場所にいること自体が、大きなストレスだったのでしょう。
「やっぱり、“自分の家”が安心なんだと思いました」
そこで選んだのが、“通い介護”でした。
朝は実家へ行き、デイサービスへ送り出す。昼に食事の様子を見に行き、夜は寝る準備を整える。そんな生活を、今も続けています。
「片付けても、翌日には元通り」実家片付けでぶつかった壁

認知症介護の中でも、特に大変だったのが“実家の片付け”でした。最初に手をつけたのは、母の寝室。
「まず、“寝られるスペースを作らなきゃ”って思ったんです」
服の山を片付け、クローゼットへ戻しても、翌日行くとまた全部出されている。そんなことの繰り返しだったそうです。
「正直、“昨日片付けたのに……”って、すごく無力感があり、しんどかったですね」
それでも、生活動線だけは確保しようと、少しずつ不要な物を整理していきました。
「今は着ないだろうなっていう服を、母にはわからないように少しずつ減らしていったんです」
一気に捨てると不安がるため、“安心感が残る程度”に少し物を残すことも意識したそう。
母が30年続けたお好み焼き店を、今も一緒に守っている

えんこさんの母は、30年以上お好み焼き店を営んできました。
認知症が進み始めた頃、医師から「生活環境を急に変えない方がいい」と言われたこともあり、
「お店を続けることが、母のリハビリになるかもしれない」
と考えたそうです。
当時、えんこさん自身は別の仕事をしていましたが、ご主人とも相談し、母と一緒に店を続けることを決意しました。
現在は、介護状況に合わせながら、週に3〜4回ほど昼夜、夜だけ営業を続けています。
「常連さんも母の状況を理解してくださっていて。無理のないペースでやっています」
お店に立つことは、母にとって“社会とのつながり”でもあるのだといいます。
また、母を心配して訪ねてきてくれる場所でもありました。
「同じように悩んでる人がいるかもしれない」Instagramを始めた理由

Instagramで発信を始めたきっかけも、“認知症介護”でした。
実家を片付ける中で、えんこさんは気付きます。
「認知症になると、“片付けられなくなる”って、すごく初期症状としてあるんじゃないかなって」
家の中が急激に荒れていくこと、本人はその変化を認められないこと……。
「同じように悩んでる人の気付きになればと思ったんです」
最初は、母の姿を出さず、“片付け投稿”が中心でした。ですが、
「“救われました”ってコメントをいただくうちに、もっとリアルを伝えた方がいいのかなと思うようになって」
少しずつ、介護の実情や母との日常も発信するようになったそうです。
更年期と介護が重なり、“全部投げ出したい”と思ったことも

介護を始めた頃は、「自分ががんばればなんとかなる」と思っていたそうです。
ですが、半年ほどで限界が来ました。
「ちょうど更年期とも重なって、自分のイライラと介護のイライラがダブルで来てしまって……」
今振り返ると、3年ほど前がいちばんつらかったといいます。
「“ちゃんと介護しなきゃ”“私が見なきゃ”って、自分で自分を追い込んでいました」
気付けば、母に優しくできない日もあったそうです。
「母にイライラしてしまう自分にも、また落ち込むんですよね」
そんなとき、福祉関係の先輩から言われた言葉が、大きな転機になりました。
「24時間365日、一緒にいない方がいいよ」
“介護は、がんばりすぎると続かない”。
その言葉をきっかけに、介護サービスをフル活用するようになりました。
「自分を守ることも、介護には必要だった」
今、えんこさんが大切にしているのは、“自分を潰さないこと”。デイサービスに行っている間は、あえて介護から離れます。
「行き詰まったら、外へ出たり、美味しいものを食べに行ったりしていました」
友人と話したり、以前飼っていた愛犬と出かけたりする時間も、大切なリフレッシュだったそうです。
「自分を守ることって、介護を続けるためにも必要なんですよね」
それは、6年間介護を続けてきたからこそ、たどり着いた実感でした。
50代は、親も自分のことも大事にしなきゃいけない年代

最後に、50代女性へ向けてメッセージを聞くと、えんこさんは少し考えてから、こんな言葉を話してくれました。
「介護って、本当に突然始まるんです。だから、親が元気なうちに、できるだけ会っておいた方がいいと思います」
一緒に食事へ行く。
少し電話をする。
何気ない時間を過ごす。
そんな“小さな普通”が、あとからすごく大事な思い出になるといいます。
「認知症が進むと、“普通に会話できる時間”って、少しずつ減っていくんですよね。だから、“もっと話しておけばよかった”って思うこともあって……」
そしてもう一つ、今の自分だからこそ伝えたいことがあるそうです。
「50代って、更年期だったり、自分の体調の変化も重なるじゃないですか。だから、自分のこともちゃんと大事にしてほしいんです」
介護は、がんばりすぎると続かない。
「全部自分でやらなきゃって思わなくていい。頼れるものには頼っていいし、休める時は休んでいいと思います」
“誰かを支える”ためには、まず自分が元気でいること。
えんこさんの言葉には、同じ50代だからこそのリアルな重みと優しさがありました。
えんこ プロフィール

認知症の母を介護しながら、実家片付けや介護の日常をInstagramで発信(@enkookan_kurashi)で10分の実家へ毎日通う“通い介護”を6年間続けている。母が営んできたお好み焼き店も、家族とともに無理のないペースで継続中。更年期と介護が重なった経験から、「頑張りすぎない介護」をテーマに、同世代へ向けてリアルな気づきを届け人気を博している。
現在、HALMEK upアンバサダーにも参画。
取材・文=鳥居 史(ハルメクアップ編集部)
「HALMEK up アンバサダー」とは?
「今日も明日も、楽しみになる」をコンセプトとするWEBメディア「HALMEK up」に共感した、50代以上の発信力ある女性たちによる公式アンバサダーです。美容・ファッション・ライフスタイルなど多彩な分野で活躍し、とくにSNSでの情報発信に強いメンバーで構成されています。
ハルメクグループや企業と協働しながら、同世代の背中をそっと押し「今日も明日も、楽しみになる」気持ちが広がることを応援する存在を目指しています。
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