母を描きながら、自分を見つめ直す時間
50代からの“人生の味わい直し”。「コミックエッセイ」から学ぶ生き方のヒント
50代からの“人生の味わい直し”。「コミックエッセイ」から学ぶ生き方のヒント
更新日:2025年12月07日
公開日:2025年12月03日
母を看取り、その思い出をコミックエッセイに描いている漫画家・うんたさん。
愛媛県松山市で長年愛されてきた母のおいなり屋を継ぎ、BL漫画家と両立する新しい生き方を始めた54歳の今、「描いているうちに、もう一度母に会っているような気がした」と語ります。
自分の体と心の変化にも向き合う中で見えてきた“生き方の再構築”。
そして、描くこと・読むことがもたらす“人生を味わい直す”時間とは——。
母の味を受け継ぎ、50代でBL漫画家兼おいなり屋さんに

3年ほど前のこと。50代に入り更年期などで心身の不調に悩んでいたうんたさんは、母のいなり寿司屋を手伝い始めました。
「母が、お寿司を作るのがしんどくなってきたと言っていたんです。それまでは、ずっと母は元気でいるものだと思っていたし、ずっと親の作るものが食べられるような気がしていたんです。
だから、もうお店をやめようかなと母が言ったときに、ええ?となって。もう食べられなくなるのはイヤでした」
母の味が大好きだったうんたさん夫婦は、二人で母を手伝い始めます。
「手伝ったら母は続けられると思っていたんです。なのに突然、病気で余命半年を告げられて。母の味を残すには、もう夫婦二人でやっていくしかないねと覚悟を決めました」
母を支えながら、漫画家としても働く二足の草鞋の日々。
「母のように大量に作ることはさすがにできないのですが……。毎日毎日本当にすごい量を母が一人で作れていたのは50年間作り続けてきたからこそ。母にも『そりゃ無理よ。毎日してたからできるのよ』って言われました(笑)」
おいなり屋を手伝い始めて2年ほどで母が逝去。うんたさんは夫と共に母の味を受け継ぎ、2024年12月に、週末限定でおいなり屋をオープンしました。
「私たち夫婦が無理ない範囲でと、まずは週末だけの営業です」
“いつか形にしたい”とコミックエッセイ講座に挑戦!

母との思い出やお店をオープンするまでの経験を何かカタチに残したい、そして人々と共有したい――。そう考えていたうんたさんは、2025年春、「はちみつコミックエッセイ講座」に参加します。
「30代の頃からコミックエッセイが好きで、いつか自分でもコミックエッセイを書いてみたい気持ちはありました。コミックエッセイを読んでいると、これまで描いてきたストーリー漫画とは絶対違う法則があるなと感じたんです。
そんなとき、この講座の講師が松田紀子さんだと知りました。「松田さんが手がけている作品は面白いものが多くて、この編集者さんにはきっと学ぶことが多くあるはずと思ってチャレンジしようと決心しました」
講座はオンラインで全5回。参加者は11名。
「講座では、読者が読んだときにどんな読後感をもってもらいたいかを頭において考えることを学びました。そして共感性の大切さも。細かな体験は違っても、『親の仕事を継ぐ』とか『親の介護をする』とか、私たちがみな通る道のエピソードを盛り込んで、読者が共感できることがポイントなんですね」
そのためには、描きたいことをただ読みやすく描くことだけではなくて、何を取捨選択するか、読んだときにすんなり意味がわかるかの塩梅が大事。
同じ世代の仲間と出会い、互いに励まし合う時間も支えになりました。
「この年になって同期ってなかなかいないもの。同じ立場、同じ目標を持つ仲間とアドバイスし合えたのは貴重な体験でした。同期メンバーとは今でもつながっています」
そして講座の課題で、母の思い出を題材にした作品を描き始めるうちに、うんたさんの心が、静かに動き出しました。
「描くにあたり、母との日々や関係を何度も何度も振り返り考えました。すると、もう一回、母と会っているような気がしてくるんです。なんだか自分の思いがどんどん浄化されていくような感覚というか。
これまでは母がいる日々が当たり前すぎて、あえて覚えておこうと思っていなかったところがあるんです。でも、作品作りの中で何度も思い出すことで、ちゃんと覚えられました」
描くことで、母との時間をもう一度生き直す。それは、“思い出す”という行為の中で、失ったものをやさしく取り戻す体験だったのかもしれません。
50代の体と心の変化、そして“今”を受け入れる
実は、母のおいなり屋を手伝い始めた頃から、うんたさんの体には変化が現れ始めていました。
「絵を描く方の手の指が痛むようになり、ペンを長時間握ることできなくなってしまったんです。BL漫画家として第一線を張るような働きは厳しいのかなと。でも、おすしを握るのは絵を描くのとは違う動きなので手が動かせたんですよ」
体の不調を抱えながらも、これまでの本業の漫画は 「無理のない範囲で続けよう」と考えをシフトできたことが、結果的に新しい働き方につながりました。
「今はおいなり屋さんがメインで漫画は兼業のバランスです。そこにコミックエッセイという新しいチャレンジも。コミックエッセイは観るのと描くのでは大違い。密度が高くて大変だけど、やっぱり少しでも漫画とは関わっていきたいですから」
更年期による心の揺らぎにも向き合いました。
「私の更年期は、更年期うつから始まったんです。夫が仕事に行って帰ってくるまで、座椅子に座って一歩も動けない日々が続きました。なぜだろうと、SNSでつぶやいたら、先輩たちから『更年期うつじゃない?』『命の母を飲んでみて』とアドバイスが。
すすめられて「命の母」を飲んでみたら、効果抜群で1週間くらいでうつ抜けしました。そのときに、不調はいつか終わるって思えて、ほっとしました」
と、うんたさん。そして、いろんなことを『覚えておこう』と思うようになったと言います。
「自分の成長過程を覚えておいて損はないですよね。ダメな自分をいっぱい覚えておこう。そうすれば人に優しくできるから」
共感が力になる――コミックエッセイが教えてくれたこと
うんたさんが最初にコミックエッセイに惹かれたのは、けらえいこさんの『一緒にスーパー』でした。
「結婚生活や日常の話なのに、何度読んでも笑ってしまいすっかりハマりました。自分の体験をこんなにエンタメとして面白く描くことができるなんて! それに読み手が体験してないことでも追体験できるんです」
講座を担当した編集者の松田紀子さんも、こう語ります。
「自分の身の回りのこととか自分の人生を描いていくことって、伝えること自体に価値があると思っているんです。講座でも、デビューはとりあえず脇においといて、今持てる力の限りを課題にぶつけてほしいなと思っています。
その結果、描き切ったという達成感や、このテーマを描くことで自分自身を見つめられるようになった肯定感みたいなものが上がってくれるといいなと思ってやっています」
日常を描きながら、自分の人生を味わい直す——。それがコミックエッセイの一番の魅力だと感じています。
松田さんは、編集者として大切にしているのは、作者が無意識に省いてしまう“本音”の部分だとも言います。
「自分がどう感じたかを端折ってしまう人が多いけれど、実はその端折ってしまった自分の気持ちこそ、みんなが読みたい、知りたいという価値だということがよくあります。一番最初に原稿を読む読者として、そこをいかに紡ぎ出していくかが編集者の役割かなと思っています」
うんたさんにとってコミックエッセイは、母との時間や自分の気持ちを、丁寧に言葉と絵にしていく時間でもあります。
そして、編集者とのやりとりの中で、「こんなことを感じていたんだ」と気づいたり、つい省いてしまいがちな気持ちが浮かび上がったり。
そうして生まれた作品を読む私たちは、誰かの体験の中に、ふと自分の思いや人生の一場面を重ねていきます。
——描く人、支える人、読む人。それぞれの想いがふわりと重なりあって、コミックエッセイは“人と心をつなぐ場所”になっているのかもしれません。
はちみつコミックエッセイとは

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