雑誌「ハルメク」5月号オープンガーデン特集

北海道陽殖園|高橋武市さんの庭を訪ねる。

雑誌「ハルメク」

雑誌「ハルメク」2019年5月号では「美しい庭」を大特集します。発売に先駆けてハルメクWEBでは、過去に雑誌で登場した庭を特別に連載します。今回は2009年掲載の「陽殖園」です。ひとりの男性が50年以上かけてつくり上げた奇跡の庭をご覧あれ。

8月、赤いフロックス、緑の山、青い空の鮮やかなコントラスト。
8月、赤いフロックス、緑の山、青い空の鮮やかなコントラスト。
【目次】
  1. 庭づくりの第一歩「この地で花をつくって生き抜こう」
  2. 気候風土に合った植物「零下30度でも越冬できる植物だけで庭をつくろう」
  3. 農薬を使わない花づくり「自然に任せておけば薬なんていらないんだよ」
  4. 武市さんの庭を訪れる旅をご用意しています

庭づくりの第一歩「この地で花をつくって生き抜こう」

札幌から車で約4時間の北海道紋別郡滝上町(もんべつぐんたきのうえちょう)。人口3000人の山あいの小さな町に、ひとりの男性が50年以上かけてつくり上げた奇跡のような庭「陽殖園」があります。庭の主は、高橋武市さん、67歳※。およそ7.5ヘクタール、野球場3つ分もの敷地を有する山全体がひとつの庭になっていて、春から秋まで約800種の花が次々に咲き乱れます。※記載の年数や数値は取材当時のものです。2019年現在、高橋武市さんは77歳です。

夏から秋の開園期間中、お客さんの対応も、庭の手入れも武市さんがひとりでします。
忙しくても「人が来てくれるのは何より嬉しい」と武市さん。

小さな町の郊外の小高い山に広がる陽殖園。主の高橋武市さんは、この場所で生まれ、この場所で育ちました。

「おふくろが言うには、俺はおしめも取れないうちから花が好きだったそうだよ。おんぶされたおふくろの背中で、よく桃色の花をねだって、それを握りしめて放さなかったって言うんだ。まったく覚えておらんけど、きっと寒い土地だから、暖かい色、桃色に惹かれたんだね」と武市さん。歩けるようになってからは、タンポポやスミレをつんできては自分の花壇をつくって遊んでいたようです。

家は祖父の代に岩手県から移住してきた開拓農家で、芋や麦、豆をつくって生計を立てていましたが、やせた土地で作物は十分にはとれなかったと言います。5人きょうだいの長男だった武市さんは、苦労する両親の姿を見て育ち、小学4年生のころには、水くみや薪割りなどの家の手伝いはもちろん、肉や毛皮を売るためにウサギを飼うなどして家計を支えていました。

「当時はどの家も食べるのがやっとで現金収入がなかった。俺も家にお金がないのはわかっていたから、小学5年生になると、学校へ行く前に野菜をカゴに入れて背負って街まで売りに行き、それで弟や妹の学費を全部工面したんだ」と武市さん。大きな転機が訪れたのは、中学2年生のときでした。

「あれは6月だったかな。街へ野菜を売りに行くとき親父が庭で育てていたレンゲツツジがあまりにきれいで、みんなに見せようと、3本ばかり枝を切って野菜カゴに挿して出かけたのさ。そしたら、『そのツツジを売ってくれ』と言う人が現れて、カゴいっぱいの野菜よりも高く売れたんだよ。そのとき“これだ!”と直感したわけさ」

これを機に「この地で花をつくって生き抜こう」と決意した武市さんですが、父親から猛反対されたと言います。

「中学3年生のとき修学旅行があって、費用が3000円だったんだ。それで親父は大事な子馬を売ってお金をつくってくれたのだけど、俺は修学旅行には行かないで、そのお金で花の種と苗を買いたいと訴えたのさ。親父はすごく怒って、当然反対したさ。でも最後は根負けしたんだね。結局その3000円が陽殖園の資本になったんだ」

気候風土に合った植物「零下30度でも越冬できる植物だけで庭をつくろう」

中学生のころ行商でいつも乗っていたディーゼルカーの運転手からもらったストローブマツ。
当時は10㎝の小さな苗でした。

中学卒業後、武市さんはがむしゃらに働きました。札幌や旭川まで行って苗を仕入れ、鉢植えや切り花をつくって行商する一方、父親から借り受けた土地で庭づくりに着手。誰も師匠はいないため、農業雑誌や園芸カタログで植物の名や育てかたを猛勉強しました。さらに「お客さんは珍しいものをほしがるから」と、サボテンの温室栽培も始めたのです。こうして睡眠時間2、3時間という日々が、中学卒業から20代になってもずっと続きましたが、武市さんは「心底好きでやっていたから、投げ出そうとは思わなかった」と振り返ります。

生活が一変したのは、27歳の秋。季節はずれの大寒波が襲い、大事な収入源になっていた温室のサボテンが一夜でほぼ全滅してしまったのです。サボテンの無惨な姿を前に「やっぱりこの地の気候風土に合う植物でないとだめだと心底思い知った」という武市さん。このとき、ある思いが芽生えます。

「庭づくりを生涯の仕事と決めた14歳のときに名づけた『陽殖園』は、太陽が育て殖やしてくれる花園、の意味。これからは冬に零下30度になるこの地でも越冬できる植物だけで庭をつくろう」

以来、武市さんは行商を減らし、庭づくりに精力を注ぐようになりました。そして陽殖園を訪れる人がゆっくり花を楽しめる観光庭園にしようと、園内に山をつくることを思い立ったのです。

「この土地は山の上とはいえ、地形的にのっぺりしていて変化がなく、どんなに頭をひねって花を植えても、あまりいい風景にならなかった。やっぱり風景には山あり谷ありが大事だからね。そしたら、自分でつくるしかないでしょ。土を掘り出す場所を決め、そこから一輪車で土を運んで、少しずつ積み上げて、ひとつの山をつくるのに2年はかかったなあ。親父には「山の上に山をつくる馬鹿』と言われたけど、実行しないことには何も形にならんから!」

そうしてできた山に、武市さんは寒さに強いツツジ科の低木、エリカを植えました。その桃色の花が山全体を覆ったようになった昭和50年春、陽殖園は観光庭園として本格的に開園したのです。

陽殖園がオープンする4月29日。桃色のエリカに覆われた小山。
6月、レンゲツツジの咲く小道。 この道も武市さんがつくったもの。
6月、レンゲツツジの咲く小道。この道も武市さんがつくったもの。
7月、桃色のヤナギランと。 白や紫のエゾクガイソウの 花の群れ
7月、桃色のヤナギランと、 白や紫のエゾクガイソウの花の群れ。

農薬を使わない花づくり「自然に任せておけば薬なんていらないんだよ」

武市さんの手でつくり出された風景は、山だけではありません。園内に点在する5つの池も四方八方に延びる道も、すべてひとりで仕上げたものです。陽殖園には柵や花壇、ベンチといった人工物は一切なく、野生の花も、園芸植物も、まるで昔からそこにあったかのように同居しています。「ここにある草花のほとんどは、一つひとつ俺が植えたものだよ」と言うように、すべては武市さんが思い描いた夢の風景に沿って、その手で築いてきたものなのです。

風景のほかにも自慢があります。陽殖園では、もう40年以上、農薬を一切使っていないのです。

「農薬をやめたのは昭和40年。日本国中で農薬が大量に使われていた時代だったけど、薬で小さな虫が死ぬってことは、人間は体が大きいからすぐ死なないだけで、いずれ何か害が出てくるだろうと感じたのさ。俺は70歳になっても80歳になっても一生ここで庭づくりをやろうと思っていたから、どこかで断ち切らなかったら、永久に農薬を使わないといかんでしょ」

農薬をやめれば害虫が大発生する可能性がありましたが、武市さんはあまり心配しなかったと言います。

「まだ小学生のころ、この山全体が枯れ木になるくらいブランコケムシ(マイマイガの幼虫)が大量発生したんだ。ところが、親父はまったく動じず「来年はいなくなるから大丈夫だ」と言ったのさ。半信半疑でいたら、翌年ほんとにピタッといなくなった。その記憶が残っていたんだね。たしかに農薬をやめて数年は害虫がひどかったよ。でも、かえって害虫を食う虫も増えたたおかげで、結果的に5年くらいでほぼ落ち着いて、10年 でピタっとおさまった。自然に任せておけば薬なんていらないんだよ」

また、園内には多種多様な園芸植物が植栽されていますが、武市さんは化学肥料を一切与えていません。

「落ち葉や枯れ草は置いておくとそのまま天然の肥料になるよ。それに植物は適材適所に植えれば、化学肥料なしでちゃんと育つものなのさ。うちでは苗を植えて2、3年の間はまだ小さいから手助けするけど、3年過ぎたらもういじらない。それで育たなければ、それまで、というのが俺の考えかたなんだ」

陽殖園ではこれまで何千種 類という植物が植えられ、消えていったと言います。その体験を何十年も積み重ねたからこそ、今、生き残った種が、人の手を借りることなく力強く花を咲かせているのです。

武市さんは、陽殖園を訪れる人に「思いっきり息を吸ってごらん」とすすめます。農薬も化学肥料も使っていないこの庭の空気は安全でとびきりおいしいのです。「結局、植物がいきいきと暮らせる環境は、われわれ人間も元気にしてくれるのさ」と武市さん。

この花園の風景から感じる強い生命力。それは、植物も人間もともに健やかにいられるようにと願う、武市さんの一途な思いがつくり出しているものなのです。

深い雪に覆われる冬も、武市 さんは毎日庭仕事を続けます
深い雪に覆われる冬も、武市 さんは毎日庭仕事を続けます
/濃い色のルピナスをかけ合 わせて武市さんがつくり出した品 真紅のレッド·ショー」
濃い色のルピナスをかけ合わせて武市さんがつくり出した品種。「真紅のレッド·ショー」
6月に園内のいたるところで 大きな白い花房を開花させるテマ リカンボク。
6月に園内のいたるところで、大きな白い花房を開花させるテマリカンボク。

 

陽殖園

陽殖園
住所·北海道紋別郡滝上町あけぼの町
電話·0158-29-2391 (昼間は屋外で仕事。問合せは21時~21時30分に)
開園期間●4月29日から9月最終日曜日
開園時間●10時~17時(入園は14時30分まで)
入園料●1,000円
園内ガイド●毎週日曜8時20分集合(時間厳守)、一人2,000円(入園料込)
※宿泊は「ホテル渓谷」(電話015829-3399)が便利です。

武市の庭
武市の夢の庭
さとう藍・文、​​​​​関戸勇・写真
小学館/1,600(税込)
14歳からたったのひとりでいかにして「夢の花園」をつくりあげたのか。
写真も美しい一冊。

 

 

武市さんの今の姿

2019年5月号「ハルメク」では、当時から10年経った今の武市さんの姿をお届けします。今も現役で庭をつくり続ける武市さんの熱意と、成長を続ける陽殖園をお楽しみください。

武市さんの庭を訪れる旅をご用意しています

 

武市さんの今の姿

さらに、武市さんに会える旅も開催します。北海道が1年で最も輝く初夏に、個性豊かな9か所の庭を巡る3泊4日の旅です。この旅でしか味わえない、庭尽くしの特別な体験です。

1日目:北海道らしいのびのびとした草花の庭をガイド付きで楽しむ「大雪 森のガーデン」。
2日目:武市さん案内で朝一番の庭を散策する「陽殖園」、上野砂由紀さんの案内付きで、おとぎ話の中にいるような気分が味わえる「上野ファーム」
3日目:圧倒的な規模で知られるラベンター畑「ファーム富田」、ドラマの舞台になった「風のガーデン」、広大なスケールに圧倒される「十勝千年の森」
4日目:紫竹昭葉さんと一緒に優雅な朝食を楽しむ「紫竹ガーデン」、日本初の針葉樹ガーデン「真鍋庭園」、帯広市内を見渡す雄大な丘に立つ「十勝ヒルズ」


撮影=清原尚弘、小池昌司
※この記事は、2009年5月号「いきいき(現・ハルメク)」で掲載した記事を再編集しています。


■雑誌「ハルメク」の立ち読み・お申し込みは、雑誌「ハルメク」のサイトからどうぞ。
5月号のお申込みは、4月5日~受け付けています。※雑誌「ハルメク」は、書店でご購入いただけない定期購読誌です。

■武市さんに会える旅について、詳しいご案内・お申込みはこちらまで。

雑誌「ハルメク」

創刊22年目、50代以上の女性誌売り上げNo.1の生活実用情報誌。前向きに明るく生きるために、本当に価値がある情報をお届けします。健康、料理、おしゃれ、お金、著名人のインタビューなど、幅広い情報が満載。年間定期購読誌で自宅に直接配送します。https://magazine.halmek.co.jp/

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