戦争はいったん始まったら止めるのが難しいんです

「戦争と平和」対談 池上彰さん×増田ユリヤさん 

雑誌「ハルメク」
2018/08/01 16

日本では憲法9条改正議論、アメリカではトランプ政権による混乱が続くなど、世界が迷走しています。「保守化」「一国主義」の潮流が生まれる中、世界はどこに向かうのか。そして、この世界から戦争をなくすため、私たちは何をすればよいのでしょうか。

ジャーナリストの池上彰さんと、ヨーロッパ取材から帰国したばかりの増田ユリヤさんが対談します。
【目次】
  1. 強引に自分の望み通りの政策を通したいリーダー達
  2. EUは戦争回避の理念から始まった
  3. 戦前・戦中の“非国民”と同じレッテルが“反日”
  4. 漫然たる不安でなく事実を確かめる

強引に自分の望み通りの政策を通したいリーダー達

増田 フランスに大統領選の取材に行き、「日本ってすごく愛国心の強い方がリーダーなんでしょう」とか「独裁者なんでしょう」とか言われたんですよ。それで初めて、他国の人から安倍首相がどういうふうに映っているのかということに気が付きました。

池上 だいたい、安倍首相は独裁的なロシアのプーチン大統領やトルコのエルドアン大統領と仲がいいですから。そして暴言王のドゥテルテ・フィリピン大統領、トランプ大統領ともすぐ仲よくなっちゃう。価値観が共通しているんだと思います。

増田 理詰めでモノを言われるのがお好きじゃない方たちかもしれませんね。任期中に、強引に自分の望み通りの政策を通したい人たちです。

EUは戦争回避の理念から始まった

増田 フランスでは、たくさんの一般市民を取材しましたが、この先も戦争のない平和を続けたいから親EUのマクロン大統領を支持するという女性の声が多かったです。

池上 この大統領選の争点の一つはEUへの姿勢でした。経済統合がうまくいっていないとかいわれますが、もともとはEUという欧州統合の目的は、ヨーロッパから戦争をなくすことだったんです。ヨーロッパは第1次世界大戦、第2次世界大戦と、二度の大戦で焼け野原になってしまった。もう二度と戦争が起こらないようにするにはどうしたらいいかと考えたとき、国境をなくすことが大切だと気付いた。そういう意味で、実はヨーロッパは戦争をなくすということにおいては見事に成功しています。

増田 でもフランスの極右政党・国民戦線のルペン党首の支持者からは「まやかしだ」と。戦争をなくすだなんていうのは表向きの言い方で、あれは自国の経済を他国に搾取される仕組みなのだと。

池上 日本でも、ちょっと前までは戦争を経験した人がいっぱいいて、そういう人たちは二度と戦争をしてはいけないと思っていた。自民党幹部の中ですら、そういう人がいたわけです。後藤田正晴さんとか野中広務さんとか。でもそういう人たちが政治の表舞台からいなくなって、戦争を知らない若い人たちが勇ましいことを言うようになっているんじゃないかと思いますね。国益というより「周りの国になめられてたまるか」という感情だと思います。だって戦争で利益なんか出ませんよ。

増田 私も戦争を知らない世代ですけれど、怖いなあと思うのは、例えば国会答弁を聞いていると、政府のいうことが正しいんだから黙って聞いていればいいんだという論調になっていること。多数決で物事が決まり、その延長に戦争が来てしまったら。

戦前・戦中の“非国民”と同じレッテルが“反日”

 

池上 政権に反対するとすぐ“反日”だとレッテルが貼られる。でもこれ、戦前・戦中の“非国民”ですよね。非国民の現代版が反日。

増田 ドイツ南部のミュンヘン中央駅で、欧州に押し寄せる難民の取材をしていた時のことです。地元の住民が家族連れで待ち構えていて、難民たちにお菓子やおもちゃなどをプレゼントしていました。「難民がこんなに入ってきて、迷惑だとか嫌だとか思わないんですか」と聞くと、「私たちは1945年を決して忘れない」と当然のごとく言うんです。驚きましたね。

池上 メルケル首相が100万人の難民を受け入れたときに、ドイツ国民にはほとんど反対がありませんでした。第2次世界大戦中にドイツはユダヤ人を約600万人、また多くの少数民族を虐殺したことで知られていますが、その歴史の反省から出発しているのが日本との大きな違いです。

増田 かといって悲観的な雰囲気でもないんですよ。「当然のことですよ」と言ってやっています。

池上 ドイツ国内にはアンネ・フランクが命を落としたベルゲン・ベルゼン強制収容所など「加害」を伝える歴史遺産がたくさん残っているんです。一方の日本はというと、加害の歴史を伝える証拠があるのは中国大陸、あとは東南アジアです。国内には広島・長崎といった被害を伝える遺産しかない。だから日本国民には、被害者意識が強くあるのかもしれない。日本は戦後、自分たちが戦争で他国に何をしてきたのかを教えてこなかったということでしょう。

1945年を忘れないドイツ
ユダヤ人大虐殺を伝える「つまずきの石」。犠牲者の氏名や生年月日、亡くなった年などが刻まれた真鍮(しんちゅう)板を石畳に埋め込むプロジェクトは90年代、「過去を繰り返さない」という市民の願いから形になった。(ドイツ・ベルリン)
加害の歴史を覚えていない日本。瀬戸内海に浮かぶ大久野島(おおくのじま)には1929年から終戦まで、旧陸軍の毒ガス工場があった。戦後、米軍が工場跡を弾薬庫として使用。日本に返還後は観光開発が進められ、63年には休暇村が開業。現在は「ウサギの島」として知られるように。(広島県竹原市)



増田 今、真珠湾攻撃に思いをはせてハワイ旅行に行く方はほとんどいないでしょう。


池上 サイパンにバンザイクリフ(岬)ってあるでしょ。追い詰められた日本人が「天皇陛下、万歳」と言って海に身を投じた自決の場所ですが、それを知らない若者が「ここで万歳するんだ」と言って万歳をする。

増田 若い人たちが、戦争の歴史を教わっていませんね。

池上 テレビ番組で若い人たちに、「昔日本はどこの国と戦争をしましたか?」と聞いたことがあるんです。すると戦争をした国として、ドイツに丸をつけるわけです。アメリカと戦争をしたことを知らない。少し知っている人でも、アメリカとだけ戦争をしたと思っている。中国、シンガポール、マレーシア、インドネシアへの侵略も、フィリピンでどれだけ人を殺したのかも知らない。高校の日本史は、第2次世界大戦に行き着く前に時間切れになってしまうことが多いでしょ。戦争の全体図を見ていないんです。ドイツは高校の社会科の授業で必ず強制収容所に行くんですって。

増田 今、日本の多くの人が戦争を不安がるのも、加害の歴史を知らない若い人が大人になっていくからでもあるのでしょうね。

池上 そうはいってもそう単純にすぐ戦争になるとは考えられません。国連もありますし。でも、いったん戦争が始まると、止めるのが難しいんです。停戦にならない。例えばイラク国内では、イスラム国(IS)が出てくる前まで、スンニ派、シーア派の内戦状態でした。
なんでその内戦が止まったかというと、あまりにもたくさんの人を殺し過ぎたから。殺すのに飽きたといったら語弊がありますけれど、何十万人も死んで、もう嫌だというところまで極まって初めて戦争が止まった。戦争は始まる前に止めなければ、また多くの命が犠牲になる。

増田 若い人たちの意識が重要ですね。

池上 今、日本の中心は戦争を知らない世代ですが、親や祖父母から聞いたことを本当に正確に伝えられるでしょうか。危機感を持つ若い人の存在が必要です。

漫然たる不安でなく事実を確かめる

増田 日本でも、今の政治が戦争に近づいている気がして、腹を立てたり、嫌だと思っている人はいっぱいいると思うんですよ。でもそれが声としてなかなか出てこない。どう現していいのかわからないのが実情ではないかしら。ハルメク読者の方にできることもありそうです。70年安保の世代もいらっしゃるでしょう。

池上 現実を確かめることから始めませんか。漫然たる不安じゃなくってね。現実的に開戦に向かうとどんなリスクがあるのかを。そしておかしいと思ったら声をあげることです。例えば、北朝鮮のミサイルが怖いという声があります。でも、日本にミサイルを撃ったら北朝鮮という国もなくなるわけだから。北朝鮮の挑発行為は、意味を解釈し直さなければならないんです。

例えば北朝鮮は「アメリカが我が国を先制攻撃するような気配が一つでも見えたら、ただちに無慈悲に報復をし、アメリカ全土を焦土と化す」と言っています。意味を解釈し直すと「だから攻撃しないでね」と言っているんですよ。

今はインターネットでニュースに触れる人も多いと思いますが、ネットの言論空間は、不正確だったり、偏ったりした内容が多いものです。いろんな新聞を何紙も読んでみるといいと思います。事実の描かれ方が全然、違いますから。



戦後も、世界では多くの戦争・紛争が起きています

1948―パレスチナ紛争
イスラエル建国に伴うイスラエルとアラブの対立
1950―朝鮮戦争
朝鮮半島の38度線を分けた南北の紛争
1964―ベトナム戦争
ベトナムの独立と統一をめぐる対立
1990―湾岸戦争
イラクがクウェートに侵攻、多国籍軍が制圧
1991―旧ユーゴスラビア紛争
スロベニア、クロアチア両共和国の独立をきっかけに始まった内戦
同―ソマリア内戦
独裁政権が、反政府勢力に倒され始まった内紛
1994―チェチェン紛争
ロシアから独立を目指し起きた紛争
1999―東ティモール紛争
インドネシアからの独立を目指した紛争
2001―アフガン戦争
2001年の「9・11」の報復で始まった大戦争
2003―イラク戦争
米軍の攻勢でフセイン政権が崩壊
2011―シリア内戦
アサド政権とイスラム国(IS)、反体制派などが衝突
2013―南スーダン内戦
スーダンからの分離独立後の政権内紛
2014―ウクライナ紛争
ロシアのクリミア半島編入により発生


池上 彰
いけがみ・あきら◎1950(昭和25)年、長野県生まれ。ジャーナリスト。東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院特命教授。慶應義塾大学卒業後、NHKに記者として入局。事件、事故、災害、教育問題などを取材。1994年から2005年まで「週刊こどもニュース」に出演。05年に独立、12年から16年まで東京工業大学教授。現在は名城大学など7つの大学で授業を持つ。

増田ユリヤ
ますだ・ゆりや◎1964(昭和39)年、神奈川県生まれ。國學院大學卒業。ジャーナリスト。高校で世界史・日本史・現代社会を教えながら、NHKラジオ・テレビのレポーターを務めた。現在、テレビ朝日系列「グッド!モーニング」コメンテーター。国内外のさまざまな問題を幅広く取材・執筆。





池上彰さん、増田ユリヤさん共著、2018年最新刊!

『ニュースがわかる高校世界史』
池上彰・増田ユリヤ

大人になった今だからこそ歴史を学び、世界で起きていることを理解したい。
そんな期待にこたえるニュースを読み解くための高校世界史講座。
今回は、激しさを増す米中貿易戦争と1929年の世界恐慌の関係を読み解きます。
2018年9月6日配本予定 ポプラ新書刊 864円

こちらも合わせてどうぞ
『なぜ世界は“右傾化”するのか?』
池上彰・増田ユリヤ

アメリカにトランプ大統領が誕生してからのアメリカ、EU、イギリス、フランスなどの国際情勢を「作用と反作用」の観点から読み解く新書です。ポプラ新書刊 864円

 

取材・文=清水麻子

※この記事は「ハルメク」2017年9月号に掲載された「私たちは、再び戦争に向かっているのだろうか?」を再編集、掲載しています。

雑誌「ハルメク」

創刊22年目、50代以上の女性誌売り上げNo.1の生活実用情報誌。前向きに明るく生きるために、本当に価値がある情報をお届けします。健康、料理、おしゃれ、お金、著名人のインタビューなど、幅広い情報が満載。年間定期購読誌で自宅に直接配送します。https://magazine.halmek.co.jp/

この記事が気に入ったら「いいね!」ボタンを押してください。 

編集部へのご意見はこちら

ハルメクWEBメールマガジンを受け取る

更新された記事や最新のプレゼント情報、50代以上の女性のための情報が手に入ります。

※メールの送信をもって、「個人情報保護について」に同意したとみなします。

※受信制限をしている人は、info@halmek.co.jpからのメールを受け取れるようにしてください。

ハルメク halmek

ページ先頭へ