50代女性の仕事事情特集(4)

元編集長が、パン屋のアルバイトを始めてみたら

矢部 万紀子
2019/09/28 49

ハルメクの元編集長・矢部万紀子さんが、50代女性の仕事事情を実体験を交え考えていく特別連載です。パン屋でのアルバイトに憧れていた矢部さん。「年齢、性別、国籍、経験不問」の文言に背中を押されて、応募することに。そこで待ち受けていたのは……!?

元編集長が、パン屋のアルバイトを始めてみたら
【目次】
  1. 夢のパン屋アルバイトに無事合格したものの
  2. マニュアルがない現場に飛び込んで
  3. 立ちはだかる経験不問の壁
  4. シニアライフアドバイザー・松本すみ子さんのお仕事アドバイス

夢のパン屋アルバイトに無事合格したものの

夢のパン屋アルバイトに無事合格したものの

前回の記事はこちら「ハルメク元編集長が直面!50代女性のアルバイト事情


応募のメールを送信した後すぐに返事があって、面接に行きました。ハルメクの最終出勤日の翌日、2017年の8月1日の午後5時でした。待ってくれていたのは私と同じくらいの年齢の女性で、店のオーナーでした。

なぜここで働きたいのかという質問には、「ここのパンがおいしくて好き」「これまでと違うことをしたい」「コツコツ作業をすることが案外得意」と答えました。

その場で合格となったのは、私が仕事に向いているかどうか以前に、人手不足という現実があったからかもしれません。いずれにしろ、夏場はパンはあまり売れず、秋からが忙しくなるということで、初出勤は9月6日と決まりました。

そうして近所の「K」というおいしい店に初出勤したのが9月6日、9日まで働き、私はアルバイトを辞めました。我ながらあきれてしまいます。

なぜそうなったのかをざっくりと申し上げるなら、私があまりにも不器用なことが一番大きかったような気がします。だから作業に手間取り、すごく疲れてしまったのです。パン作りの心得が少しでもあれば違ったでしょうが、私は大学を卒業してから30年以上、仕事しかしていなかったのです。

ちなみに私がどれくらい不器用かというと、幼稚園時代、五本指の手袋に指を収めることができませんでした。手袋の指と自分の指が「1対1」でなく「1対2」になってしまうのです。でもアルバイト開始当時、己の不器用問題は頭にはなく、こんなふうに考えていました。

6時半スタートと朝早いけれど通勤時間は5分だし、木曜から土曜の3日だけだし、朝早いのでむしろ健康的に暮らせる。パン作りの経験はゼロだけど、単純な補助作業だから、そのうちできるようになる。

この見立て、どちらも甘かったのですが、初日の私はそんなことは夢にも思わず、張り切って出勤しました。

マニュアルがない現場に飛び込んで

マニュアルがない現場に飛び込んで

 


その日は水曜で、段取りを覚えるためのイレギュラー出勤です。到着してパンの職人さん(お店では「シェフ」と呼ばれていました)に挨拶すると、「書くもの、持ってきましたか?」と聞かれました。長く出版の仕事をしていたので、いつも筆記用具は持ち歩く習慣です。「はい」と答えると、「明日からやってもらうことを、これから僕がするのでメモしてください」と言われました。

そこからの展開の速さといったら、驚きでした。マニュアルは一切ないのです。ひたすらシェフが、作業をしながら説明してくれるので、それをメモするわけです。

まずは卵白と生クリームの泡だてから始めるのですが、ボウルは流しの下に入っていて、使うのは3番目のサイズ、塩は作業台の下にあり、「ひとつまみより少ない量」を入れておいて、泡だて器は横に動かし、卵白が「サラサラになったら」終わり、といった調子です。

次はガス台に移動、大きな鍋に水を入れ、チャッカマンで点火します。それが沸騰するまでにも、すべきことがたくさんあります。「そっかー、業務用のガス台というのは、自動点火でないのだなあ」などと感心している暇はありません。シェフの手元を見ながら、ひたすらメモしました。

一番驚いたのが、パンを焼く作業がすべて私に任される、ということでした。

パン生地をこねて、形を作るのはシェフです。それはもうできているのですが、それ以外はほぼ私の仕事でした。

シンプルなパンには卵白や生クリームを塗り、惣菜系パンは材料をのせます。そしてオーブンに入れます。上から何段めに入れるかも、種類ごとに決まっています。温度と時間設定も私の役目で、「上200度、下190度、8分」というシェフの指示を書き留めました。焼くべきパンは10種類以上あり、それぞれ設定が違うことは、言うまでもありません。

シェフの素早い動きを見ながら、すべきことのあまりの多さに不安が募ってきました。翌日からはこの作業を私1人でして、シェフは別な作業をするというのです。

「大丈夫ですよ、この前までアルバイトしていた高校生の男の子は、最後までオーブンの温度を覚えませんでしたから」

シェフにそう言われ、ますます不安になりました。男子高校生と比べたら、体力も呑み込みの速さも圧倒的に劣ります。家に帰った私は、とにかく今日書いたメモをきれいに清書しようと、パソコンの前に座りました。

アルバイト2日目、私なりに整理した作業手順をプリントした紙(A4サイズ3枚)を持って出勤しました。その日から本番、たった1人での作業です。シェフは黙々と本来の仕事をしていますから、質問をするのも気が引けます。メモを片手に作業し、それでも何回も質問をしました。

立ちはだかる経験不問の壁

ベーグルを茹でる様子

ところでみなさん、ベーグルは焼く前に茹でるということをご存じでしょうか?

ドーナツ型に成形されたベーグルの生地を茹でてから焼くのです。私はもちろん、知りませんでした。表を下にしてまず30秒茹で、ひっくり返してまた30秒、お湯を切ってあげたら終わりです。

天かすをすくう時に使うような、網のお玉で作業します。30秒を知らせるタイマーが鳴ると、シェフはお玉の端っこを使い、くるっくるっとベーグルをひっくり返していました。メモには「端を押すとひっくり返る」と書いてあります。ですが、私がやるとちっとも引っくり返らないのです。

うわー、うわーとあせりながら、何度も端っこを押します。押し過ぎて、ちょっと跡がついてしまったりもしました。30秒を知らせるタイマーが鳴ったら、また30秒セットし、またタイマーが鳴ったら茹で終了。つまり茹で時間は1分。というのが本来の姿ですが、私の作業時間はたぶん3分は超えていたと思います。

茹で上がったベーグルは少し表面がポコポコっとなっていました。そこからオーブンに入れて焼きあがったベーグルを見て、私は言葉を失いました。20個くらい焼きあがったと思いますが、半分以上がボコボコの仕上がりで、私の知っているベーグルではないのです。「すみません」とシェフに見せました。シェフは困ったような笑顔を見せてくれました。

とにかくヘトヘトになって、初日の作業終了。オーブンの熱さも驚きました。奥まで入れるので、注意しないと腕を火傷します。でもそんなことより、売り場に並んだパンたちを見た時の方が、ずっと驚きました。

私が作った表面がボコボコのベーグルが売られていたのです。普段、経営者は店にいませんから「できたものを売る」という、いつも通りの行動を売り場の人がしたのだと思います。ですが、とても売り物になる代物ではないと思い、自分で買いました。従業員価格で4割引になりました。家に帰って食べてみたらとんでもなく固く、まるでおいしくないものでした。

翌日からはベーグルの作業は、シェフが代わってくれました。ですが、他にもたくさん失敗をしました。フォッカチャの上に、ズッキーニを風車のように重ねて焼く「エルベ」というおしゃれな商品があるのですが、オーブンから出すとズッキーニがずれ落ちていました。まっすぐに滑らせて入れるべきトレイを、斜めに入れたせいだと思います。それも売られていました。ちっともおしゃれに見えないので、4割引で引き取りました。

4日目の仕事が終わった日は、午後から実家に行く用事がありました。両親が弱ってきていて、家事の手伝いに行く日だったのです。アルバイト後に電車で1時間半ほどの実家に行き、掃除をし夕飯を作り、両親と食べ帰宅しました。

疲れたなー、パン焼き、大変だなー、と思いながら寝ました。シェフに迷惑をかけてばかりいることがとても心苦しく感じていました。

シニアライフアドバイザー・松本すみ子さんのお仕事アドバイス

松本すみこ

好奇心が旺盛な方なのですね。新しいことを始めたい気持ちはよくわかります。

求人募集の紙が目についたあと、一度ゆっくり考えてもよかったですね。仕事をやめてからの展望を考えて、それから応募してもよかったと思います。

人間は考えていることによって、アンテナの張り方が変わります。少し考え方を変えるだけで、見えてくるものも変わります。もしかしたら、違うことを考えていたら、パン屋の上にあった事務所の看板が目に入っていたかもしれません。

仕事を再開する場合は、一度自分を見つめなおし、人生の棚卸をすることをおすすめします。

まずは「私はどんな仕事をしてきたのだろう」と振り返りましょう。どんなとき自分が一生懸命やってきたのかを考えます。そして「私はどんな仕事が好きだったのだろう」「どんな仕事がきらいだったか」「どんなことを身に着けたのか」「どんなことをしていきたいか」日記のようなつもりで書き出してみましょう。スキルの有無よりも、自身の心の動きを理解することが、次に何をやりたいのかという気づきにつながります。

次回の更新は、10月4日を予定しています。


■50代からの仕事特集

  1. 50代こそ「自分再発見」で、「仕事再スタート」を
  2. 50代女性が働く上で、本当に必要なスキルとは
  3. ハルメク元編集長が直面!50代女性のアルバイト事情

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矢部 万紀子

1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。「アエラ」、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、書籍編集部長、11年から「いきいき(現ハルメク)」編集長をつとめ、17年からフリーランスに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)、『美智子さまという奇跡』(幻冬舎新書)

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