もしも、あなたが大切な人を失ったら

玉置妙憂さんに聞く 悲しみとの向き合い方

雑誌「ハルメク」
2019/09/30 39

末期がんと宣告された夫を自宅で看取ったことをきっかけに出家した、看護師と僧侶の2つの肩書を持つ玉置妙憂さん。自らの経験を生かして家族を亡くした人の心に寄り添う活動も続けています。誰しもいつかは向き合う「大切な人との別れ」について聞きました。

玉置妙憂さん「大切な人との別れ」
【目次】
  1. 「生まれ変わり」を信じますか?
  2. 羽虫になった夫と囲んだ食卓
  3. 後悔のない看取りはない
  4. 悲しいならば、悲しむことをどうかやめないでほしい

「生まれ変わり」を信じますか?

 


親、夫、友人……。大切な人の死というのは、悲しいですが、避けては通れない道です。私も40代で夫をがんで亡くし、悲しみに暮れた日々を経験しています。ある女性に「死んでしまったら、命ってそこで終わってしまうんでしょうか」と尋ねられました。みなさんはどう思われますか。私はその方に、仏教のこんなお話をさせていただきました。

お釈迦様は生きとし生けるものを、地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人間界、天上界の6つに分けられました。私たちはこの6つの苦しみの中でずっと生まれ変わりと死に変わりを続けていく。この考え方が「六道輪廻(ろくどうりんね)」と呼ばれるものです。宗派によって考え方は多少異なりますが、人として亡くなっても、それまでの生き方によって違うものに生まれ変わることもあると説かれています。つまり、「死=命の終わり」ではないということです。

私は、この「生まれ変わり」を信じています。そして、命とは宇宙に漂う小さなエネルギーの粒の集合体であり、人間はこのエネルギーの粒が人の形をした入れ物に入ったものだとイメージしています。死ぬときはエネルギーがまた粒になって宇宙へ還かえっていく。つまり、粒から人へ、人から粒へと次元が変わることが人間の生と死です。

羽虫になった夫と囲んだ食卓

ちょっと難しく聞こえたかもしれませんが、人は亡くなっても、その人を形作っていた粒がしばらくは空中を漂い、植物や虫など自由にいろいろなものに入り込めるのではないかと思っています。こんなふうに命を捉えられると、亡くなった方にどこかで見守ってもらえているような、そんな温かな気持ちになれるのではないでしょうか。

実は、私は夫が亡くなった後に、生まれ変わりを実感する不思議な出来事を体験しています。

夫が亡くなって10日ほどたった日のことでした。息子たちと食事をしているとトンボのような大きな羽虫が飛んできました。長男がその虫を見て、ふと「お父さんだね」と言うと、次男も「お父さんだ!」と言い出したので、私たちはその虫を追い払うことなく過ごしました。すると、その虫は数日おきに家の中に飛んできては、箸に止まったり、しょうゆ挿しに止まったりするのです。しばらくして姿を見せなくなりましたが、私たちはごく自然な流れとして、あの虫を夫の生まれ変わりと思えたのです。何とも言えない穏やかな気持ちで、虫と食卓を囲んでいた記憶が今も思い出されます。
 
もしも、大切な人を失って「あの人がいなければ生きていけない」と深く悲しんでおられる方がいるならば、「あなたが失ったのは、大切なその方の肉体です」とお伝えしたい。きっとその方のエネルギーの粒は、我が家に飛んできた羽虫のように、何かに生まれ変わって、あなたの周りを漂っているはずです。そして何より、その方を愛していたあなた自身は変わらずにここに生きている。あなたはただ変わらずに、その人を愛し続けていけばよいだけなのです。

後悔のない看取りはない

私は、大切な人を失ったことへの「悲しみ」には、肉体が存在しないことへの「寂しさ」と同時に、「後悔」があると思っています。

「もっといい治療法があったかもしれない」「元気なうちにいろんなところに連れていってあげればよかった」。看取りの現場で仕事をしていると、多くのご遺族が後悔を口にされている姿をお見受けします。

我が身を振り返れば、私も夫の死に対して後悔が残っています。2度目のがんがすい臓に見つかった後、夫が「もう治療はしない」と決断したことに対し、私は「家族のことが大切なら、お願いだから治療をして!」と最初は治療を強く望んでいました。最終的に私も腹をくくって夫の意思に同意したものの、「やっぱり治療をした方がいいのではないか」と何度も悩み、夫亡き今も後悔に苛さいなまれることがしばしばあります。

でも、気付いたのです。人間とはどんな道を選んだとしても、後悔してしまう生き物だということに。私の場合、たとえ治療したとしても、効果が出ずに夫が亡くなったなら「なぜ夫の意思を尊重してあげなかったのか」ときっと後悔することになったでしょう。

著名人が「私は親の看取りに何の後悔もない」などとインタビューで語っていると、誰だってつい「後悔しない別れ方があるのだ」と期待をしてしまいます。でも、まったく後悔のない看取りができている人は、私の経験上いません。相手が大切な存在であればあるほど、余計にそれは強くなります。「後悔はない」と言い切る人は、きっとそう自分に言い聞かせることで前に進もうとしているのだと感じます。後悔はただ胸を締め付けるだけで、何も生み出しません。過去に戻ってやり直すのは絶対に不可能なこと。後悔という執着から離れ、「あれが最善策だった」と結果を捉えることが、残された者には必要なのです。

悲しいならば、悲しむことをどうかやめないでほしい



そうは言っても、悲しみのさなかにいるときに、すぐに気持ちを切り替えるなんて、不可能です。一度立ち直ったと思っても、深い悲しみは波のようにまた、繰り返し襲ってきます。そうすると「いつまでもこんなに悲しんでいてはいけない」と、無理やり立ち直ろうとする人がいますが、悲しむことをどうかやめないでほしいのです。

人は底の底までいくと、ようやく底に足がつき、そこから思いきり上へぐんと蹴り上げて浮上していくことができます。それを、中途半端に上がろうとするから浮上しきれない。とことん悲しんで、泣きたければ存分に泣いていいのです。そして、おいしいものを食べたくなったら食べ、はしゃぎたくなったらコンサートへ行き、心の赴くままに過ごせばいい。

私の場合、悲しみの波に静かに身をゆだねながら、毎日花束を買ったり、ディズニーランドに行ったり、周りの目は気にせず心のままに過ごしました。そうしているうちに2日に1度の涙が週に2日になり、月に1度になり……と、3年ほどで浮上できました。

どんなに深い悲しみも「時間」という薬が必ず癒やしてくれます。ゆっくりゆっくり、浮上まで時間がかかったとしても大丈夫。あなたの心も、すべては諸行無常なのですから。


玉置妙憂(たまおき・みょうゆう)
東京都生まれ。看護師であり、僧侶。「一般社団法人介護デザインラボ」代表。夫の看取りをきっかけに、その死に様があまりに美しかったことから、開眼。高野山真言宗にて修行を積み、僧侶になる。著書に『まずは、あなたのコップを満たしましょう』(飛鳥新社刊)など。

構成=小林美香(ハルメク編集部)

※この記事は「ハルメク」2019年3月号掲載「こころのはなし」を再編集しています。

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