2019/07/04 0

地域によって畳の大きさが違うって本当?

地域によって畳の大きさが違うって本当?

 

最近はフローリングの部屋が多くなっているけれど、我が家の和室でゴロ寝をするのは気持ちいいです。そういえば、旅館で和室へ通されると、「ずいぶん広い6畳間だなあ」と感じることがあります。でも、よく考えたらおかしいですよね。広い6畳間と狭い6畳間があるってこと? 気になるので調べてみました。

 

畳を床一面に敷くスタイルは、室町時代に生まれたんですって。これには、住宅様式が、貴族の暮らす寝殿造(しんでんづくり)から、武家の書院造(しょいんづくり)へと発展したことが影響しているようです。

 

安土桃山時代になると、武士や豪商も畳を使うようになったそう。当時、宮中の畳は長辺7尺(約212cm)だったので、遠慮した武士や豪商は、それよりも小さい6尺3寸の畳を使いました。この大きさが、現在「京間」と呼ばれている畳の基準になったようです。

 

京間 191cm(6尺3寸)×95.5cm

 

商家や農民が畳を使いはじめたのは、江戸時代に入ってからと考えられています。「江戸間」は5.8尺、京間より小さいですね。畳の大きさに地域差が生まれたのは、この頃だといわれています。

 

江戸間 176cm(5尺8寸)×88cm

 

大きさの違いについて調べてみると、2つの説があるようです。一つは、建築方法の違いという説です。

 

元々は、京間を基準に柱を立てていく「畳割り」と呼ばれる建築方法が一般的でした。江戸時代以降、隣り合った柱の中心から柱の中心までを畳1枚分とする「柱割り」という建築方法が普及しました。「柱割り」だと柱の太さ分サイズダウンしますから、江戸間は京間より小さくなるわけですね。今も、西日本の古い建物には「畳割り」の建築物が多く見られます。

 

また、愛知、岐阜、三重などの東海地方で発展した「中京間」は182cm(6尺)×91cm、岡山、島根、広島といった中国地方の「安芸・広島間」は185cm(6尺1寸)×92cmです。

 

佐賀、長崎には「佐賀間」188cm(6尺2寸)×94cm、沖縄には半畳×半畳で真四角の「琉球間」があります。唯一、170cm(5尺6寸)×85cmの「団地間」だけは、地域は関係ありません。

 

2つ目の説は、豊臣秀吉が天下を取った時に、それまで1間(広さの単位)6尺5寸の計算で取り立てていた年貢米を、1間6尺3寸に改めたことを由来としたものです。1間が狭くなれば、権力者はそれだけ多く年貢を取り立てることができます。徳川家康も同じことをしたので、最終的には1間6尺になったといいます。

 

現在は、不動産公正取引協議会連合会が「畳1枚当たりの広さは1.62平方メートル以上」という共通ルールを設けています。しかし、あくまでも不動産を表記する場合に限るため、出身地によって、同じ1畳でもイメージする広さが全然違う! なんてことは大いにあり得そうです。

 

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参照:あおい畳

   公益社団法人全日本不動産協会

   不動産公正取引協議会連合会

   マイ大阪ガス

 

立って半畳、寝て1畳って言うけど、広いほうがいいわ
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イラスト:飛田冬子

 


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