SCUでの10日間

「かむい、かむい」-。脳出血急性期の入院生活

harumati
2019/01/19 25

40代でC型肝炎が発覚。22年間の闘病と新薬での完治後、明るい未来へ心を弾ませていた私に脳出血という次なる病がー。その時の体の状況や家族の支えなどを振り返ります。今回は脳出血を発症し、SCUでの生活を綴ります。

入院中、自分の状況を記録してもらったメモ
入院中、自分の状況を記録してもらったメモ
【目次】
  1. SCU(stroke care unit)とは
  2. SCUにて「名前が言えた♪」
  3. SCUにて回復の兆し!

SCU(stroke care unit)とは

脳出血で搬送されてから半日後には、ICU(集中治療室)からSCU(stroke care unit)に移り、そこで、10日間を過ごしました。

ところで、SCUとは何でしょうか……正直に言うと、脳出血に襲われてから1年と9カ月の間、そんなことは全く意識に上らず、今回、この原稿を書くにあたって初めて、アレッどういう意味? と思い、調べてみました。

1970年代後半に、脳出血、脳梗塞、くも膜下出血の総称である脳卒中では、発症後いかに早く治療やリハビリテーションを行うかが、その後の回復具合を左右するカギになることが知られるようになったそうです。その脳卒中の初期治療を効率的に行う目的で開設されたのがSCU(stroke care unit)。そこでは、多職種からなる脳卒中専門チームがリハビリテーションを含む診断、治療の体制がとられているのだそうです。

ちなみに、私が救急車で運ばれたのは、その年郊外に新築移転されたばかりの、最新のSCU体制を備えた、明治からの古い歴史を持つ病院でした。

※イメージ

SCUにて「名前が言えた♪」

SCUでの、特に前半5日間のことは、ほとんど覚えていません。そんな中でも、初めて名前を言えた時のことだけは、はっきりと覚えています。

「あなたのお名前は?」質問の意味はすぐに理解できました。……「香川県」……「うーん、違う」。今度こそと思いながらも出るのは、やっぱり「ウ~香川県」「違う、違う」「ウ~香川県」。香川県は、私が生まれ育ったところです。

3日目になっても同じように繰り返す私を黙って見守っていた夫が、ついに耐えられなくなって口を開きました。「僕の名前は○×△□、あなたは?」すると驚いたことに、「harumati!」いきなり名前が出たのです。

SCUに移ったその日から言語聴覚士さんが部屋を訪れ、言葉を引き出すための訓練が始まったようなのですが、そのことはまったく覚えていません。おぼろげながら覚えているのは、夫が病室に来てくれるのを楽しみに待っていたこと。そして、家でいた時と同じように会話をしようとしても、なかなか言葉が出なかったこと。夫が、私の発する音から言葉を想像し「こうかな、それともああかな」と当てていくのです。それがまるで言葉遊びのようで楽しく、また、なかなか当たらないことが可笑しくて、大笑いばかりしていたような気がします。

SCUにて回復の兆し!

記憶の中では、私はいつもご機嫌で笑ってばかりなのですが、実際には高熱と悪寒、ひどい頭痛に苦しんでもいたようです。

当初、眉をしかめてしきりに訴える「かむい、かむい」が何のことか分からず、夫と息子の二人がかりでようやく「寒い、寒い」だと分かり、先生に「何とかしてやって欲しい」とお願いしたところ、「視床下部出血によって体温調節ができなくなる中枢性過高熱であり、必ず10日以内に収まります」と、自信を持って答えてくれたそうです。

その言葉通り、頭痛と悪寒は少しずつ収まり、10日目には、ピタリと平熱になりました。血圧も、入院から1週間 180 を超える日が続いていましたが、この頃から 120 前後に落ち着きました。当初、血圧181、100……血圧って?? どんな数字だったら〇?? の状態だったのが、この頃になると、夫が枕元にぶら下げておいてくれた紙袋の記録のおかげで、体温や血圧の意味することを少しずつ認識できるようになっていました。

自分の状況を認識したくて、ベッドで寝たままでも読めるように、裏返した紙袋に記録を書いてもらうことにしました

 

その間に、尿管が外され、点滴が外され、ベッドに角度をつけてもたれながらも体を起こして過ごす時間が少しずつ増えていきました。介助されての車椅子への乗り移りの練習をした後、デイルームに移動しての食事も始まりました。

こうして、10日間のSCUでの生活を終え、2016年11月14日、リハビリテーション科の回復棟に移ることになったのです。


次回は、リハビリテーション科での回復期のリハビリと入院生活について書いていきます。

harumati

京都府 /68歳
京都府 /68歳

定年退職・年金生活者。45歳~66歳までC型肝炎と共生。2016年奇蹟とも思える完治から1か月もせず、今度は脳出血に襲われました。1年半の闘病、リハビリ生活後、2018年、旅行・ボランティア・夏休みの娘母子とのプチ同居を3本柱にした、悠々自適のリタイア生活を取り戻すべく仕切り直して再出発しました。

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