内向的だった私が生まれ変わる決断&挑戦ストーリー

歩いたら人生変わった!

酒井 マサコ
2018/07/03 9

離婚後、子育てや仕事に奮闘し、そして迎えた子どもの自立。いつも日課のウォーキングが気持ちを前向きにしてくれました。今は一人暮らしを満喫中。50代を楽しんでいる様子やこれからの生き方をお伝えします。今回はウォーキングが日課となった理由です。

歩いたら人生変わった!
        ※イメージ 
【目次】
  1. サイッテーの30代、歩いてはじけた40代
  2. 自分の人生って?
  3. 44歳。イチから始めて。

サイッテーの30代、歩いてはじけた40代

毎日欠かさないウォーキング。毎朝4時30分から駒沢公園の1周約2キロメートルを2周、これを雨の日も。歩くと体調もよくなりますが、それよりも気分が前向きになるんです。同じような人が他にもけっこういて、挨拶するうちに顔見知りになり、毎朝「今日も歩こう!」と楽しみになりました。

なぜ歩き始めたのか、それによってどうなったのかをお話ししますね。30代半ばから、夫との関係の行きづまりに合わせるように、子宮内膜症になり悪化しました。過多月経と貧血に悩まされ、行動半径はせいぜい500メートルほど。子育てしながらもんもんとした数年間でした。

そんな時、実家の母が風邪を引き、そのウイルスが脊髄に入ったとかで突然立てなくなりました。父が看病し、私も下の娘を連れて時々入院先に行きました。その度に「立ちたい、歩きたい」と言う母。ある朝、祈る思いで近くの駒沢公園を歩いていました。私が歩けば、母もそうなれるんじゃないか、と。

結局母は立てないまま数年後に亡くなりましたが、歩くことで私はぐんぐん元気になり、結果的に母が助けてくれたと思っています。

自分の人生って?

内向的な性格で、今までまわりがすすめるままに進学先や就職先も決めて、結婚もしてきました。まったく自分に自信が持てなかったんです。それが歩き始めたら、なんだか自分の足で歩けるんじゃないかと思い始めました。

その頃読んだ曽野綾子さんの本に「腐ったメロン」という言葉があって、私の家庭、私のことだと思いました。世田谷のマンションの専業主婦。世間体はいいけど、幸せの実感はなかったんです。

歩いて、歩いて、ある朝出した結論は、離婚。

44歳。イチから始めて。

25歳で結婚。19年間の専業主婦。離婚は怖かったです。在宅で添削業務をしていた教育会社が、正社員として拾ってくれたものの、できることは知れています。会社へは雑巾持参で、始発で通いました。朝は得意ですし、掃除ならできますし。

息子と娘、3人でアパートに引っ越した翌日の朝日が、とてもまぶしかったのを覚えています。「こんな私でもできた。今日は私の独立記念日だ」と。がむしゃらでした。

会社ではその後、事務から営業に移り、お客様のウォーキングイベントにも毎回参加。写真は2017年、80歳の先輩社員と仙台を歩いた際のものです。

 

ウォーキングイベントにて
ウォーキングイベントにて。

 


次回は子どもの自立などを迎えた50代の話をします。

酒井 マサコ

東京都 /57歳
東京都 /57歳

19年間専業主婦の後会社員。30代息子と20代娘、娘は2018年11月に出産予定。夫は2006年に離別、その後亡くなりました。子どもたちを一人前にするのが当座の目標でしたがそれを果たして今はアパートに一人暮し。家、車、財産、夫なし。でも身軽。これからが私の人生です。どこまで何ができるのか楽しみです。

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